・・・ こうこう、こういう事情になっているところを、僕が逃げたというので、その代りに住職に復讐しようと、町の侠客連が二、三名動き出したのを、人に頼んで、ようやく推し静めてもらったが、「いつ、どんな危険が奥さんにも及ぶか分りませんから、今晩・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・その中に馬琴の『美少年録』や『玉石童子訓』や『朝夷巡島記』や『侠客伝』があった。ドウしてコンナ、そこらに転がってる珍らしくもないものを叮嚀に写して、手製とはいえ立派に表紙をつけて保存する気になったのか今日の我々にはその真理が了解出来ないが、・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・誰が馬琴の『侠客伝』などを当時の実社会の反映だとはいい得ましょう? 馬琴以外の作者は実に時代と並行線を描いて居ましたが、馬琴は実に時代と直角的に交叉して居たのであります。時代の流れと共に流れ漂って居た人で無かったのであります。自分は自分の感・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・芸者とも女優ともつかぬ此のけばけばしい風俗で良家を訪問することは其家に対しては不穏な言語や兇器よりも、遥に痛烈な脅嚇である。むかしの無頼漢が町家の店先に尻をまくって刺青を見せるのと同しである。僕はお民が何のために突然僕の家へ来たのかを問うよ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ああ、昔の女侠客はそういう場合どうしたか、私も講談で知ってはいる。勇ましく体をつき出し、こうたんかを切るのだ。「お前さんも恨があるというからには、頼んだところで、おいそれと聞いてはくれまい。けれども、私も一旦おうと引受て、かくまったから・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・七巻きとか七巻き半とかいう表現は、仏教の七生までも云々という言葉とともに、あることがらを自分の目前から追い払ってもまだそれはおしまいになったわけではないぞよ、という脅嚇を含んでいる。自分たちの棲んでいる地球を天界の外から見た人はないのだから・・・ 宮本百合子 「幸運の手紙のよりどころ」
出典:青空文庫