・・・よくもあしくも強制にはこりた。 だが、そもそも私たち人間がギリシアの時代からもちつたえ展開させ、神話よりついに科学として確立させたこの社会についての学問、社会科学とその究明よりもたらされる将来の構成への展望とは、人間情熱のどういう面とか・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ 八つになる弟が強請んで種を下してもらった□□(はやって置いた篠竹では足りなかったものと見えて、後の槇の梢まで這い上って、細い葉の間々に肉のうすい、なよなよした花が見えて居る。 槇と云う名からして中年の寛容な父親を思わせる様なのに、・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・ 樵夫の鈍い叫声に調子づけるように、泥がブヨブヨの森の端で、重荷に動きかねる木材を積んだ荷馬を、罵ったり苛責したりする鞭の音が鋭く響く。 ト思うと、日光の明るみに戸惑いした梟を捕まえて、倒さまに羽根でぶらさげながら、陽気な若者がどこ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・小さい癖に落付き払っている粟の奴の胆を潰させようとして、太鼓は体中に力を入れてブルブル震えながら遠方もない叫声をあげてたのである。 けれども、一二度叩くと、子供はもういやだと云って打つのを止めてしまった。太鼓が余り大きな見っともない声を・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
・・・ 或る女性が、彼女の十年来共棲して来た良人を棄てて、新たに甦った人生を送るために愛人の許に馳った。斯様な一事実に面した時、我々は、彼女が、自己の人としての運命、性格、力量を、どこまで深く沈思したか。無意識の裡に外界から暗示され、刺戟され・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・ 家長専制の当時のロシアの上流中流社会で、娘が親を矯正することは不可能だった。 ソーニア・コレフスカヤのように、勇敢なインテリゲンツィアの若い婦人たちは、医学を勉強しようとして、科学を勉強するためにさえ家出しなければならなかった。家・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・やはり遠吠えで、半獣的な、意味の分らない叫声を、喉の奥から心から送り出す……狂人なのだ、その女の人は。有名な精神病院の監禁室の一部が丁度此方向きになっているので、見まいとしても私の眼に、その鉄棒入りの小窓が写る。 空地があるから、一町ば・・・ 宮本百合子 「吠える」
・・・英国で乞食は声を出して慈悲を強請することは許されぬ。与えられる親切に対して感謝を表すだけが許されるのだ。「有難う! もし私の仕事が貴君の一ペンスに価するならば!」 洗いざらしでも子供に着せる日曜着がある者がヴィクトリア公園に出て来て遊ん・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・当時の考えかたに従って男を牡と見きわめて、自身の牝を自覚し、強請する女は、日本の自然主義文学の中には描かれていない。男に岩野泡鳴はいたが、女にはそういう作家も出ず、自然主義の後期にそれが文学の上では日常茶飯の、やや瑣末主義的描写に陥った頃、・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
・・・食卓のこしらえてある室の入口を挾んで、聯のような物のかけてあるのを見れば、某大教正の書いた神代文字というものである。日本は芸術の国ではない。 渡辺はしばらくなにを思うともなく、なにを見聞くともなく、ただ煙草をのんで、体の快感を覚えていた・・・ 森鴎外 「普請中」
出典:青空文庫