・・・大概の家では女中らはもちろん奥さんや娘さんまでのぞきに出て来て、道化た面をかぶった異風な小こじきの狂態に笑いこける。そこには一種のなんとなく窈窕たる雰囲気があったことを当時は自覚しなかったに相違ないが、かなりに鮮明なその記憶を今日分析してみ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ その頃いわれていたように、男と話すときの一種漠然としていながら肉感のともなった嬌態の一つとしてそんな風にしゃべった女性もあったにちがいない。 けれども、それが全部ではなかったろう。日本の若い女性が、結婚してもつべき家庭生活の中で女・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・そういう風に嬌態化された女の技術と生活とのありようはここでも佗しく表れているのであった。 イヤハート夫人の「最後の飛行」を読むと、或る年の誕生日のお祝いに彼女のお母さんが一台の中古の飛行機をくれたことから、彼女の婦人飛行家としての出発が・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・マリアの若い娘らしい嬌態は、十六の少女のやみがたい愛への憧れと同時に目かくしをされ切ることのできない性格的なつよさ、冷静さの錯綜から生じている。ピエトロとの結婚がロオマの社交界で噂されたが、マリアは拒絶した。「私は実際彼を愛したか? 否・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・又どれだけの部分が文学的な表現であり、更に下っては誠意のない一つの嬌態なのであろうか。 女がその生涯の終りに、自分が女であることの歓喜に包まれて死ねるように生きたいと希う心は激しくつよいのであるが、女としてのよろこび、悲しみの自覚のむこ・・・ 宮本百合子 「未開の花」
・・・どんなに面白く、思い切って恋愛論をするかというようなことが、せち辛い世の中では、身すぎ、世すぎをもふくめて男のひとに対する女それぞれの一種の嬌態、ジャーナリズムへの秋波としてさえ役立てられているのである。 これらの二重、三重の利害によっ・・・ 宮本百合子 「もう少しの親切を」
・・・女の数はごく少く、それも髪を乱し、裾をからげ、年齢に拘らず平時の嬌態などはさらりと忘れた真剣さである。武装を調えた第三十五連隊の歩兵、大きな電線の束と道具袋を肩にかけた工夫の大群。乗客がいつもの数十倍立てこんだ上、皆な気が立った者ばかりだか・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫