・・・菜畑の菜よりも暖かそうな、おのが影法師を、われと慰むように、太い杖に片手づきしては、腰を休め休め近づいたのを、見ると、大黒頭巾に似た、饅頭形の黄なる帽子を頂き、袖なしの羽織を、ほかりと着込んで、腰に毛巾着を覗かせた……片手に網のついた畚を下・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・これは風情じゃ……と居士も、巾着じめの煙草入の口を解いて、葡萄に栗鼠を高彫した銀煙管で、悠暢としてうまそうに喫んでいました。 目の前へ――水が、向う岸から両岐に尖って切れて、一幅裾拡がりに、風に半幅を絞った形に、薄い水脚が立った、と思う・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・が、細流は、これから流れ、鳥居は、これから見え、町もこれから賑かだけれど、俄めくらと見えて、突立った足を、こぶらに力を入れて、あげたり、すぼめたりするように、片手を差出して、手探りで、巾着ほどな小児に杖を曳かれて辿る状。いま生命びろいをした・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・てる奴なら、いつか納まりがつくものだ、世の中に女房のいらねい人間許りは駄目なもんさ、白粉は三升許りも挽けた、利助もいつの間にか帰ってる、お町は白粉を利助に渡して自分は手軽に酒の用意をした、見ると大きな巾着茄子を二つ三つ丸ごと焼いて、うまく皮・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・私の乳母も巾着にあるだけのお金をみんな遣ってしまいました。 爺さんは金をすっかり集めてしまうと、さっきの箱の側へ行って、その上を二つ三つコンコンと叩きました。「坊主。坊主。早く出て来て、お客様方にお礼を申し上げないか。」 爺さん・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・其後親戚のものから、これを腰にさげて居れば犬が怖れて寄つかぬというて、大きな豹だか虎だかの皮の巾着を貰ったので、それを腰にぶらぶらと下げて歩いたが、何だか怪しいものをさげて居た為めででもあったかして犬は猶更吠えつくようで、しばしば柳屋の前で・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ 孫達は、と見ると、子供らしい腰につけた巾着の鈴の音をさせながら、子守娘を相手にお三輪の周囲に遊び戯れていた。彼女は半分独りごとのように、「あの秩父のお山のずっと向うの方が、東京だよ。ずっと、ずっと向うの方だよ。東京は遠いねえ」・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・残りは巾着へ、チャラ/\と云うも冬の音なり。今日は少し御早くと昼飯が来て、これでまたしばらくと云うような事を云い合うて手早くすます。しばらくすると二階で「汽船が見えました」と御竹の声。奥からは「汽船が見えました。今日御帰りで御ざいますそうな・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
・・・中には閻魔の巾着、浦島の火打箱などといういかがわしいものもあるにはあるのである。また『諸国咄』の一項にも「おの/\広き世界を見ぬゆへ也」とあって、大蕪菜、大鮒、大山芋などを並べ「遠国を見ねば合点のゆかぬ物ぞかし」と駄目をおし、「むかし嵯峨の・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・それは同一地域の三角測量や精密水準測量を数年を隔てて繰り返し、その前後の結果を比較することによってわれらの生命を託する地殻の変動を詳しく探究することである。近着のアメリカ地理学会の雑誌の評論欄にわが国の地球物理学者の仕事を紹介してあるその冒・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
出典:青空文庫