・・・従って詩吟という一つの朗吟法が持っているメロディーは非常に緊迫した悲愴の味であり、テムポから云えば当然昔の武士が腰に大小を挾み、袴の裾をさばきながら、体を左右に大きく振り頭を擡げてゆっくり歩きながら吟じられるように出来ている。詩吟とはそうい・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・義理と人情のせき合う緊迫が近松の文学の一つのキイ・ノートであった。近松門左衛門の文学に描かれた不幸な恋人たちは、云い合わせたように心中した。幕府はあいたい死にを禁じていたにもかかわらず、この世では愛を実現出来ない男女が、あの世に希望をつない・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・この緊迫した状態のもとで宮本の公判がはじまった。当時宮本は公判廷に出ても席に耐えないでベンチの上に横になる程疲労していたが、公判は続行された。すでに他の同志たちは分離公判が終結していた。被告宮本ただ一人、傍聴者は弁護士と妻と看守ばかりと・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・これらの緊迫した仕事はどんなものであったかは、当時彼女を看護の天使、優しい「灯をかかげた女人」として世人が感動を示したのに対して、フロレンス自身洩らした言葉にもうかがわれる。看護という特殊な仕事は確に彼女に「おしつけられた役目の中で一番軽い・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・現実の辛酸が我々を打ちのめしもするが又賢くもする通り、歴史の緊迫した瞬間、文学は一見迂遠に見えるが実は、ある時間が経つと最も豊富な形でその諸経験を広くは人類的な意味で各民族の文化の宝庫の中へたくわえるものである。 今日、そして明日の新し・・・ 宮本百合子 「文学の流れ」
・・・ 二人はまた黙って歩きつづけた。緊迫した石垣の冷たさが籠み冴えて透った。暗い狸穴の街路は静な登り坂になっていて、ひびき返る靴音だけ聞きつつ梶は、先日から驚かされた頂点は今夜だったと思った。そして、栖方の云うことを嘘として退けてしまうには・・・ 横光利一 「微笑」
・・・洋画のカンバスと、絹あるいは金箔。荒いザラザラした表面と、細かいスベスベした、あるいは滑らかに光沢ある表面。 これらの相違がすでに洋画を写実に向かわしめ、日本画を暗示的な想念描写に赴かしめるのではないのか。 たとえば、日本画において・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫