・・・あたりがとっぷり暮れ、私がやっとそこを立ち上がったとき、私はあたりにまだ光があったときとはまったく異った感情で私自身を艤装していた。 私は山の凍てついた空気のなかを暗をわけて歩き出した。身体はすこしも温かくもならなかった。ときどきそれで・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・しかし自分の心に曇りがあれば、相手に乗じられて、相手の擬装が見わけられないようになる。欲心とうぬぼれとは最もよくない。よほど綺麗な人でも、人は誰でも好意をもってくれるのが当り前のように思っているとひどい目にあうことがある。また相手の財産など・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・世の中から変人とか奇人などといわれている人間は、案外気の弱い度胸のない、そういう人が自分を護るための擬装をしているのが多いのではないかと思われます。やはり生活に対して自信のなさから出ているのではないでしょうか。 私は自分を変人とも、変っ・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・なおそのほかに探険船シビリアコフ号を艤装して途中でいろいろの観測研究をすると同時にただひと夏に北氷洋を乗り切るという最初のレコードを作ろうという計画を立て、それが立派に成功したのである。この船の航海中に遭遇したいろいろな困難のエピソードにつ・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・それは「偽装の魅力『国民戦線』」という見出しの記事であった。「与党工作の舞台裏」で楢橋氏が首相を動かしているいきさつが解剖され、極めて興味あるくだりがあった。これからつくろうとする新党の性格にふれて、十四日、楢橋氏は首相に向い次のような意味・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・一九四九年に、この近代擬装エナメルの色どりはげしいギラギラした流れの勢が、どのように猛烈であったかについて『人間』十二月号の丸山真男・高見順対談の中で、高見順が次のように云っている。「芸術家の方も自重しませんと……。終戦後のわれわれの恥・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ 文学の精神は自主性を失って文学の外の力に己を託した日以来、下へ下へと坂を転り、その転る運動を文学の時代的反応の当然の動きであるかのように偽装しながら、この年に入っては、遂に文学性などというものに煩わされる心情を蹴り捨てた一種の作品が流・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・日本文学の歴史において一つの画期を示したこの自我の転落は、当事者たちの主観から、未来を語る率直悲痛な堕落としては示されず、何か世紀の偉観の彗星ででもあるかのような粉飾と擬装の下に提示され、そこから、文学的随筆的批評というようなものも生じた次・・・ 宮本百合子 「文学精神と批判精神」
出典:青空文庫