・・・ 僕の家は、病人と痩せッこけの住いに変じ、赤ん坊が時々熱苦しくもぎゃあぎゃあ泣くほかは、お互いに口を聴くこともなく、夏の真昼はひッそりして、なまぬるい葉のにおいと陰欝な空気とのうちに、僕自身の汗じみた苦悶のかげがそッくり湛っているようだ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・途中、ぎゃあぎゃあ怪しい鳥の鳴き声を聞いて、「あれは、なんだ。」「鷺です。」 そんな会話をしたのを、ぼんやり覚えている。山峡のまちに居るのだな、と酔っていながらも旅愁を感じた。 宿に送りとどけられ、幸吉兄妹に蒲団までひいても・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ 三声五声抱えの芸名なんかを呼んでいたかと思うと、だんだん訳がわからなくなって、調子に乗ってぎゃあぎゃあ空虚な声で饒舌りつづけていた。「またやっているな」道太は下の座敷の庭先きのところに胡坐を組んで、幾種類となくもっているおひろの智・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・と云った途端、がらんとした桔梗いろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞いおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
出典:青空文庫