・・・と女のような細い甲高い声で言って、私たちのほうを振りむき赤濁りに濁った眼を糸のように細くし顔じゅうをくしゃくしゃにして笑ってみせた。私は部屋から飛び出してお茶を取りに階下へ降りた。お茶道具と鉄瓶とを持って部屋へかえって来たら、もうすでに馬場・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・二時間のち、同じところで二十枚のばいきんだらけのくしゃくしゃ汚き紙片、できるだけむぞうさに手交して、宅のサラリイ前借りしたのよ、と小さく笑った萱野さんの、にっくき嘘、そんな端々にまで、私の燃ゆる瞳の火を消そうと警戒の伏線、私はそれを悲しく思・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・が、で明け暮れして、そうして一番になりたいだけで、どだい、目的のためには手段を問わないのは、彼ら腕力家の特徴ではあるが、カンシャクみたいなものを起して、おしっこの出たいのを我慢し、中腰になって、彼は、くしゃくしゃと原稿を書き飛ばし、そうして・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ 私は、あまりの恥ずかしさに、その手紙、千々に引き裂いて、自分の髪をくしゃくしゃ引きむしってしまいたく思いました。いても立ってもおられぬ、とはあんな思いを指して言うのでしょう。私が書いたのだ。妹の苦しみを見かねて、私が、これから毎日、M・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・髪もくしゃくしゃに乱して、ずいぶん醜いまずしい女になりました。弱い無智な貧乏人を慰めるのには、たいへんこまかい心使いがなければいけないものです。 戸田さんの家は郊外です。省線電車から降りて、交番で聞いて、わりに簡単に戸田さんの家を見つけ・・・ 太宰治 「恥」
・・・涙でくしゃくしゃになった目で両親の顔を等分にながめながら飲んでいる。飲んでしまうとまた思い出したように泣き出す。まだ目がさめきらぬと見える。妻は俊坊をおぶって縁側に立つ。「芭蕉の花、坊や芭蕉の花が咲きましたよ、それ、大き・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・先生の家は先生のフラネルの襯衣と先生の帽子――先生はくしゃくしゃになった中折帽に自分勝手に変な鉢巻を巻き付けて被っていた事があった。――凡てこれら先生の服装に調和するほどに、先生の生活は単純なものであるらしかった。 中・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・一本腕はこう云って、顔をくしゃくしゃにして笑った。 爺いさんは真面目に相手の顔を見返して、腰を屈めて近寄った。そして囁いた。「おれは盗んだのだ。何百万と云う貨物を盗んだ。おれはミリオネエルだ。そのくせかつえ死ななくてはならないのだ。」・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・オツベルが顔をくしゃくしゃにして、まっ赤になって悦びながらそう云った。 どうだ、そうしてこの象は、もうオツベルの財産だ。いまに見たまえ、オツベルは、あの白象を、はたらかせるか、サーカス団に売りとばすか、どっちにしても万円以上もうけるぜ。・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・それにいろいろの太さの蔓がくしゃくしゃにその木をまといみちも大へんに暗かったのです。 ただその梢のところどころ物凄いほど碧いそらが一きれ二きれやっとのぞいて見えるきり、そんなに林がしげっていればそれほどみんなはよろこびました。 大臣・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
出典:青空文庫