・・・ 河原の礫は、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉や、またくしゃくしゃの皺曲をあらわしたのや、また稜から霧のような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚に行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・嘉吉はまだくしゃくしゃ泣いておどけたような顔をしたおみちを抱いてこっそり耳へささやいた。(そだがらさ、あのあんこ肴にして今日ぁ遊ぶべじゃい。いいが。おれあのあんこうなさ取り持づ。大丈夫だでばよ。おれこれがら出掛げて峠さ行ぐまでに行ぎあって今・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・ 二人はあんまり心を痛めたために、顔がまるでくしゃくしゃの紙屑のようになり、お互にその顔を見合せ、ぶるぶるふるえ、声もなく泣きました。 中ではふっふっとわらってまた叫んでいます。「いらっしゃい、いらっしゃい。そんなに泣いては折角・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・ だんだん溯って、とうとうさっき青いくしゃくしゃの球のように見えたいちばんはずれの楊の木の前まで来ましたがやっぱり野原はひっそりして音もなかったのです。「この木だろうか。さっぱり鳥が居ないからわからないねえ。」 私が云いましたら・・・ 宮沢賢治 「鳥をとるやなぎ」
・・・急いで起きあがって見ますと、私の足はその草のくしゃくしゃもつれた穂にからまっているのです。私はにが笑いをしながら起きあがって又走りました。又ばったりと倒れました。おかしいと思ってよく見ましたら、そのすずめのかたびらの穂は、ただくしゃくしゃに・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・「私は実は宣伝書にも云って置いた通り充分詳しく論じようと思ったがさっきからのくしゃくしゃしたつまらない議論で頭が痛くなったからほんの一言申し上げる、魚などは諸君が喰べないたって死ぬ、鰯なら人間に食われるか鯨に呑まれるかどっちかだ。つぐみ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 彼の人達が来る前よりも私はくしゃくしゃして来た。 飾ったものなんかさっさと仕舞い込んで仕舞う。 気晴しにマンドリンを弾く。 左の第二指に出来た水ぶくれが痛んで音を出し辛い。 すぐやめて仕舞う。 西洋葵に水をやって、・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・友達共は、皆相当に、幸福に暮して居るのに、自分は今どうして居るのだろうと思うと、薄い眉根にくしゃくしゃな「しわ」を寄せて、臭い様な顔付をした。 そして、さのみ気が乗ったでもない様にして、枕元の小盆の傍に小寒く伏せてあった雑誌を取りあげた・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・勤めている若い女が官僚風な空気の中でくしゃくしゃする気分はかかれていますが、ルポルタージュというものは、後記にかかれているような気分と本文の気分の間に漂う自分を自分で把握した上で具体的に書かれるものでしょう。〔一九四〇年五月〕・・・ 宮本百合子 「新女性のルポルタージュより」
・・・紺無地の筒っぽと云えば好い様だけれ共、汗と塵で白っぽくなり、襟は有るかないか分らないほどくしゃくしゃに折れ込んで、太い頸にからみついて居る。袖口は切れて切れて切れぬいて、大変長さがつまって仕舞って毛むくじゃらの腕がニュッと出、浅く切った馬乗・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫