・・・「くそッ! おれらをダシに使って記事を書こうとしてやがんだ! 俺れらを特種にするよりゃ、さきに、内地の事情を知らすがいゝ。」 彼等は、記者が一枚の写真をとって部屋を出て行くと、口々にほざいた。「俺ら、キキンで親爺やおふくろがくた・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 上官が見ている前でのみ真面目そうに働いてかげでは、サボっている者が、つまりは得である。くそ真面目にかげ日向なくやる者は馬鹿の骨頂である。──そういうことも覚えた。 靴の磨きようが悪いと、その靴を頚に引っかけさせられて、各班を廻らせ・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・「餓鬼らめが、くそッ! どこへうせやがったんだい! ド骨を叩き折って呉れるぞ!」番人は樫の棒で、青苔のついた石を叩いた。 口ギタなく罵る叫びは、向うの山壁にこだました。そして、同じ声が、遠くから、又、帰って来た。「貧乏たれの餓鬼・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ここに仮定した二点があるとして、二点を貫く曲線をブンマワシで書て見玉え、またそのブンマワシの心を動かして同くその二点を貫く曲線を書て見玉え、又そのブンマワシの心を動かして書て見玉え、有則の曲線が無数に書けるよ、実にその相互に異ったる状態を有・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・永田先生にも克くその話をしましたッけ」「まあ、私達は先生方が産んで下すった子供なんです」と青木は附加した。 眼鏡越しに是方を眺める青木の眼付の若々しさ、往時を可懐しがる布施の容貌に顕れた真実――いずれも原の身にとっては追懐の種であっ・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・夜なべもくそもありやしねえ。お前は、さすがに出征兵士の妻だけあって、感心だ、感心だ。」などと、まことに下手なほめ方をして外套を脱ぎ、もともと、もう礼儀も何も不要な身内の家なのですから、のこのこ上り込んで炉傍に大あぐらをかき、「ばばちゃは・・・ 太宰治 「嘘」
・・・下手くそなのだ。私には、まるで作家の資格が無いのだ。無智なのだ。私には、深い思索が何も無い。ひらめく直感が何も無い。十九世紀の、巴里の文人たちの間に、愚鈍の作家を「天候居士」と呼んで唾棄する習慣が在ったという。その気の毒な、愚かな作家は、私・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・などと、大事もくそも無い。ふやけた事ばかり言って、やがて酔いつぶれた様子である。 太宰治 「作家の像」
・・・奴等のくそだらけだ。」 そう言って彼は、ほえざるの一群を指さした。ほえざるは、もう啼きやんでいて、島は割合に平静であった。「坐らないか。話をしよう。」 私は彼にぴったりくっついて坐った。「ここは、いいところだろう。この島のう・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・て聞き容れるほどの大腹人でもないし、また、批評をみじんも気にしないという脱俗人ではなし、また、自分の作品がどんな悪評にも絶対にスポイルされないほど剛いものだという自信を持つことも出来ないので、かねて胸くそ悪く思っているひとの言動に対し、いま・・・ 太宰治 「如是我聞」
出典:青空文庫