・・・あの鼠色の寐惚けたような目を見ては、今起きて出た、くちゃくちゃになった寝牀を想い浮べずにはいられない。あのジャケツの胸を見ては、あの下に乳房がどんな輪廓をしているということに思い及ばずにはいられない。そんな工合に、目や胸を見たり、金色の髪の・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ちぎった書き崩しを拾って、くちゃくちゃに揉んだのを披げて、皺を延ばして畳んで、また披げて、今度は片端から噛み切っては口の中で丸める。いつしかいろいろの夢を見はじめる。――自分は覚めていて夢を見る。夢と自分で名づけている。 馬の鈴が聞えて・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・がんじょうそうな家がくちゃくちゃにつぶれている隣に元来のぼろ家が平気でいたりする。そうかと思うとぼろ家がつぶれて丈夫そうな家がちゃんとしているという当然すぎるような例もある。つぶれ家はだいたい蛇のようにうねった線上にあたる区域に限られている・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ 魚がこんどはそこら中の黄金の光をまるっきりくちゃくちゃにしておまけに自分は鉄いろに変に底びかりして、又上流の方へのぼりました。『お魚はなぜああ行ったり来たりするの。』 弟の蟹がまぶしそうに眼を動かしながらたずねました。『何・・・ 宮沢賢治 「やまなし」
・・・と云ってのれんをくぐると眼のくちゃくちゃした六十許のお婆さんは丸くなってボートレースの稽古をしながら店ばんをして居たが重い大きい足音におどろかされてヒョット首をもちあげてトロンとした眼をこすりながら「何をあげますか」とねむたい声できく。「十・・・ 宮本百合子 「大きい足袋」
・・・ 萩などは、老人の髪の様に細く茶っぽくちぢんで、こんぐらかって、くちゃくちゃになって居るし、葉をあらいざらいはらい落して間のぬけた大きな体をのそっとたって居る青桐の下の笹まで、黄色い毛糸のかたまりを、ころがした様になって居る。 何と・・・ 宮本百合子 「霜柱」
出典:青空文庫