・・・とにかく当分は全力を挙げて蚤退治の工夫をしなければならぬ。……「八月×日 俺は今日マネエジャアの所へ商売のことを話しに行った。するとマネエジャアは話の中にも絶えず鼻を鳴らせている。どうも俺の脚の臭いは長靴の外にも発散するらしい。……・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・そしてこの恐ろしい溝を埋める工夫をしなければならない。お前たちの母上の死はお前たちの愛をそこまで拡げさすに十分だと思うから私はいうのだ。 十分人世は淋しい。私たちは唯そういって澄ましている事が出来るだろうか。お前達と私とは、血を味った獣・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・もうその時の挨拶まで工夫してるのか。A まあさ。「とうとう飽きたね」と君に言うね。それは君に言うのだから可い。おれは其奴を自分には言いたくない。B 相不変厭な男だなあ、君は。A 厭な男さ。おれもそう思ってる。B 君は何日か―・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・あなたにゃその工夫があるでしょう、上杉さん。」 名を揚げよというなり。家を起せというなり。富の市を憎みて殺さむと思うことなかれというなり。ともすれば自殺せむと思うことなかれというなり。詮ずれば秀を忘れよというなり。その事をば、母上の御名・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・「このあまっこめ、早く飯をくわせる工夫でもしろ……」「稲刈りにもまれて、からだが痛いからって、わしおこったってしようがないや、ハハハハハハ」「ばかア手前に用はねい……」 省作はこれで今日は稲が刈れるかしらと思うほど、五体がみ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 里見義成依然形勝関東を控ふ 剣豪犬士の功に非ざる無し 百里の江山掌握に帰す 八州の草本威風に偃す 驕将敗を取るは車戦に由る 赤壁名と成すは火攻の為めなり 強隣を圧服する果して何の術ぞ 工夫ただ英雄を攪るに在り ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・あるものは、海を渡る船について工夫を凝らしました。あるものは、いろいろな器具について考えました。またあるものは、その島についてからのことなどを研究して頭を悩ましました。しかしその悩みは、行く末の幸福を得ることのために愉快でありました。早く、・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・そうして、やっと豊橋の近くまで来た時は、もう一歩も動けず、目の前は真っ白、たまりかねて線路工夫の弁当を盗みました。みつかって、警察へ突き出される覚悟でした。おかしい話ですが、留置所へはいって食う飯のことが目にちらついてならなかった。人間もこ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・いっさいを棄てて、おやじといっしょに林檎の世話でもして、とにかく永く活きる工夫をしたい。僕も死にたくないからね。このままで行ったんでは俺の健康も永いことはないということが、このごろだんだんはっきりと分ってきた。K君、おふくろ、T君はまたあん・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・その猫は平常吉田の寝床へ這入って寝るという習慣があるので吉田がこんなになってからは喧ましく言って病室へは入れない工夫をしていたのであるが、その猫がどこから這入って来たのかふいにニャアといういつもの鳴声とともに部屋へ這入って来たときには吉田は・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
出典:青空文庫