・・・と、いつも沈着いてる男が、跡から跡からと籠上る嬉しさを包み切れないように満面を莞爾々々さして、「何十年来の溜飲が一時に下った。赤錆だらけの牡蠣殻だらけのボロ船が少しも恐ろしい事アないが、それでも逃がして浦塩へ追い込めると士気に関係する。・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・やがて、包みが解かれると、中から、数種の草花の種子が出てきたのであります。 その草花の種子は、南アメリカから、送られてきたのでした。「きっと、美しい花が咲くにちがいない。」と、みんなは、たのしみにして、それを黒い素焼きの鉢に、別々にして・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・と何やら風呂敷包みを出して、「こりゃうまくはなさそうだけれど、消化がいいてえから、病人に上げて見てくんな」「まあ、何だか知らないが、来るたび頂戴して済まないねえ。じゃ、取り散らかしてあるが二階へ通っておくれか」「そうしよう」 そ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・その男の隣にしゃがんでいる女は地面に風呂敷包みをひろげて資生堂の粉ハミガキの袋を売っていた。袋は三個しかなく、早朝から三個のハミガキ粉を持って来て商売になるのだろうかと、ひとごとでなく眺めた。自分もいつかはこの闇市に立たねばならぬかも知れぬ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・…… やがて、新モスの小ぎれ、ネル、晒し木綿などの包みを抱えて、おせいは帰ってきた。「そっくりで、これで六円いくらになりましたわ。綿入り二枚分と、胴着と襦袢……赤んぼには麻の葉の模様を着せるものだそうだから」……彼女は枕元で包みをひ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・マントの下に買物の包みを抱えて少し膨れた自分の影を両側の街燈が次には交互にそれを映し出した。後ろから起って来て前へ廻り、伸びて行って家の戸へ頭がひょっくり擡ったりする。慌しい影の変化を追っているうちに自分の眼はそのなかでもちっとも変化しない・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・ 背負い枠の娘はもうその路をあるききって、葉の落ち尽した胡桃の枝のなかを歩いていた。「ご覧なさい。人がいなくなるとあの路はどれくらいの大きさに見えて人が通っていたかもわからなくなるでしょう。あんなふうにしてあの路は人を待ってるんだ」・・・ 梶井基次郎 「闇の書」
・・・、さてその次にはめでたく帰国するまで幸衛門を初めお絹お常らの身に異変なく来年の夏またあの置座にて夕涼しく団居する中にわれをも加えたまえと祈り終わりてしばしは頭を得上げざりしが、ふと気が付いて懐を探り紙包みのまま櫛二枚を賽銭箱の上に置き、他の・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 武石は、包みの新聞紙を引きはぎ、硝子戸の外から、罎をコーリヤの眼のさきへつき出した。松木は、その手つきがものなれているなと思った。「呉れ。」コーリヤは手を動かした。 でも、その手つきにいつものような力がなく、途中で腰を折られた・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 家を出て二三町歩いてから持って出た脚絆を締め、団飯の風呂敷包みをおのが手作りの穿替えの草鞋と共に頸にかけて背負い、腰の周囲を軽くして、一ト筋の手拭は頬かぶり、一ト筋の手拭は左の手首に縛しつけ、内懐にはお浪にかつてもらった木綿財布に、い・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫