・・・ そういうテーブルの片隅で、日本女が砂糖のかたまりを胡桃割でわっていた。砂糖はパン、肉、茶、石鹸、石油などと一緒に人別手帳によって一ヵ月に一キロ半買うことができる。けれども、かたまりが大きくてそのまま茶のコップには入れられない。胡桃割は・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・を生垣にして置いて、春先に成ると柔かい新萌えの芽を摘んで、細かく刻んで、胡桃やお味噌と混ぜて食べるのである。 頭に鍔広の帽子を被って、背中に山や沼を吹き越して来る涼風を受けながら、調子付いてショキリショキリと木鋏を動して居ると、誰か彼方・・・ 宮本百合子 「麦畑」
・・・と女中が言って、背に負っていた包みをおろした。そして着換えの衣類を出して、子供を脇へ寄らせて、隅のところに敷いた。そこへ親子をすわらせた。 母親がすわると、二人の子供が左右からすがりついた。岩代の信夫郡の住家を出て、親子はここまで来るう・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・たので、なかなか通常の者でただいまの九段あたりの内地へ足を踏み込んだ人はなかッたが、そのすこし前の戦争の時にはこの高処へも陣が張られたと見えて、今この二人がその辺へ来かかッて見回すとちぎれた幕や兵粮の包みが死骸とともに遠近に飛び散ッている。・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・私は過激な言葉をもって反対者を責め家族の苦しみを冒して、とうとう今日の正午に瀕死の病人を包みくるんだ幾重かの嘘を切って落とす事に成功した。肉体の苦しみよりもむしろ虚偽と不誠実との刺激に苦しみもがいていた病人が、その瞬間に宿命を覚悟し、心の平・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫