1 鼠 一等戦闘艦××の横須賀軍港へはいったのは六月にはいったばかりだった。軍港を囲んだ山々はどれも皆雨のために煙っていた。元来軍艦は碇泊したが最後、鼠の殖えなかったと云うためしはない。――××もまた同じこ・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・島原征伐のとき、子供五人のうち三人まで軍功によって新知二百石ずつをもらった。この弥一右衛門は家中でも殉死するはずのように思い、当人もまた忠利の夜伽に出る順番が来るたびに、殉死したいと言って願った。しかしどうしても忠利は許さない。「そちが志は・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・年の暮れに軍功のあった侍に加増があって、甚五郎もその数に漏れなんだが、藤十郎と甚五郎との二人には賞美のことばがなかった。 天正十一年になって、遠からず小田原へ二女督姫君の輿入れがあるために、浜松の館の忙がしい中で、大阪に遷った羽柴家へ祝・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・それにしても、栖方を狂人だと判定して梶に云った高田が、その栖方の祝賀会に、梶を軍港まで引き摺り出そうとするのである。技師の宅は駅からも遠かった。海の見える山の登りも急な傾きで、高い石段の幾曲りに梶は呼吸がきれぎれであった。葛の花のなだれ下っ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫