・・・ 二年、三年は経過した。 この作は、『蒲団』などよりも以前に構想したものであるが、『生』を書いてしまい『妻』を書いてしまってもまだ筆をとる気になれない。材料がだんだん古く黴が生えていくような気がする。それに、新しい思潮が横溢して来た・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・十か月以上の月日がその間に経過したとはどうしても思われなかった。信州における自分というものが、東京の自分のほかにもう一つあって、それがこの一年の間眠っていて、それが今ひょっくり目をさましたのだというような気がするのであった。 このように・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・そう想像することによって隊員の忍苦の長い時間的経過を味わうことができる。 バードが極飛行から無事に屯営に帰って来たのを皆が狂喜して迎え、機上から人々の肩の上にかつぎ上げて連れてくる。その時バードの愛犬が主人に飛びつこう飛びつこうとするの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ただ全く偶然な蛍火の明滅としか思われないであろう。しかし、この機構の背後には色々の人間がさまざまの用談をし取引を進行させており、あらゆる思惟と感情の流れが電流の複雑な交錯となってこの交換台に集散しているのである。 現象を記載するだけが科・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ すると姉がすぐ引き取って、興奮の色を帯びながらその子供の病気の今までの経過について語りだした。手術をすれば、たぶん癒るであろうが、青木の親たちは、手術は惨いから忍びないと言って、成行に委すことにしたのであった。 姉の口ぶりがひどく・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・敢て時間の経過が今日の吾人をして人力車と牛鍋とに反感を抱かしめないのでは決してない。牛鍋の妙味は「鍋」という従来の古い形式の中に「牛肉」という新しい内容を収めさせた処にある。人力車は玩具のように小く、何処となく滑稽な形をなし最初から日本の生・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・其内怪我人の危険状態は経過した。然し全治までには長い時間を要すると医師は診断した。告訴を受ければ太十は監獄署の門をくぐらねばならぬと思って居る。彼はどれ程警察署や監獄署に恐怖の念を懐いたろう。彼はそれからげっそり窶れて唯とぼとぼとした。事件・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ 従ってイズムは既に経過せる事実を土台として成立するものである。過去を総束するものである。経験の歴史を簡略にするものである。与えられたる事実の輪廓である。型である。この型を以て未来に臨むのは、天の展開する未来の内容を、人の頭で拵えた器に・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・空しい時間が経過して行き、一人の樵夫にも逢わなかった。私はだんだん不安になり、犬のように焦燥しながら、道を嗅ぎ出そうとして歩き廻った。そして最後に、漸く人馬の足跡のはっきりついた、一つの細い山道を発見した。私はその足跡に注意しながら、次第に・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・これを要するに、近年の西洋は、すでに学理研究の時代を経過して、方今は学理実施の時代といいて可ならんか。これを形容していえば、軍人が兵学校を卒業して正に戦場に向いたる者の如し。 これに反して我が日本の学芸は、十数年来大いに進歩したりという・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
出典:青空文庫