・・・はたまた今日我邦において、その法律の規定している罪人の数が驚くべき勢いをもって増してきた結果、ついにみすみすその国法の適用を一部において中止せねばならなくなっている事実(微罪不検挙の事実、東京並びに各都市における無数の売淫婦が拘禁は何を語る・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 社会運動に、芸術運動に、苟くも、人間を対象とするかぎり、闘争を意味し、感激を意味し、良心の上に立つことを意味せざるはない。謙虚と純情と自己犠牲の観念によって、はじめて感激の火は民衆に移されるのである、これ即ち、ナロードニーキの精神であ・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・もしこの世の中に、彼等を心から愛する、文学者、芸術家、若くは真理に忠実な科学者がなかったら、何人か、このものいわぬ謙虚な動物に対して、擁護すべく注意を喚起したものがあったでしょう。多くの人間は、動物を人類に隷属するものの如く考えて来た。しか・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・たゞ見る人が謙虚にして、それに対して考うるだけの至誠があれば足りるものだ。凡そ、そこには、子供と成人の区別すらないにちがいない。 真に、美しいもの、また正しいものは、いつでも、無条件にそうあるのであって、それは、理窟などから、遙かに超越・・・ 小川未明 「名もなき草」
・・・主食と闇煙草の販売を弾圧する旨の声明は、わざわざ何月何日よりと予告を発して、これまで十数回発表されたし、抜打ちの検挙も行われる。が依然として、街頭のパンやライスカレーは姿を消さず、また、梅田新道の道の両側は殆んど軒並みに闇煙草屋である。・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・だからね。必ず負けると判れば、もう博奕じゃなくて興行か何かだろう。だから検挙して検事局へ廻しても、検事局じゃ賭博罪で起訴出来ないかも知れない、警察が街頭博奕を放任してるのもそのためだと、嘘か本当か知らんが穿ったことを言っていたよ。まアそんな・・・ 織田作之助 「世相」
・・・隊長は犯人を検挙するために、褒美を十円やることを云い渡してあった。密偵は十円に釣られて、犬のように犯人を嗅ぎまわった。そして、十円を貰って嬉しがっている。憲兵は、松本にそういう話を笑いながらしたそうだ。「じや、あの朝鮮人かもしれん。今さ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 検挙は十二月一日から少しの手ゆるみもしないで続いた。そっちにいるお前はおかしく思うだろうが、残された人達が「戦旗」の配布網を守って、飽く迄も活動していた。然し、とう/\持って行き処のなくなったその人達は最後に、重要書類と一緒に家へ・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・酔いが進むに連れて、ひとりで悲愴がって、この会合全体を否定してみたり、きざに異端を誇示しようと企んだり、或いは思い直して、いやいやここに列席している人たちは、みな一廉の人物なのだ、優しく謙虚な芸術家なのだ、誠実に、苦労して生きて来た人たちば・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・なお又、年齢、戦争、歴史観の動揺、怠惰への嫌悪、文学への謙虚、神は在る、などといろいろ挙げる事も出来るであろうが、人の転機の説明は、どうも何だか空々しい。その説明が、ぎりぎりに正確を期したものであっても、それでも必ずどこかに嘘の間隙が匂って・・・ 太宰治 「東京八景」
出典:青空文庫