・・・その策如何というに、朝夕主人の言行を厳重正格にして、家人を視ること他人の如くし、妻妾児孫をして己れに事うること奴隷の主君におけるが如くならしめ、あたかも一家の至尊には近づくべからず、その忌諱には触るべからず、俗にいえば殿様旦那様の御機嫌は損・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・とても原稿料なぞじゃ私一身すら持耐えられん。況や家道は日に傾いて、心細い位置に落ちてゆく。老人共は始終愁眉を開いた例が無い。其他種々の苦痛がある。苦痛と云うのは畢竟金のない事だ。冗い様だが金が欲しい。併し金を取るとすれば例の不徳をやらなけれ・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ オオビュルナン先生は最後に書いた原稿紙三枚を読み返して見て、あちこちに訂正を加え、ある詞やある句を筆太に塗沫した。先生の書いているのは、新脚本では無い。自家の全集の序である。これは少々難物だ。 余計な謙遜はしたくない。骨を折って自・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ある雑誌へ歌を送らねばならぬ約束があるので、それからまだ一時間ほど起きて居て歌の原稿を作った。 翌日も熱があったがくたびれ紛れに寝てしもうた。 そのまた翌日即ち五月一日には熱が四十度に上った。〔『ホトトギス』第三巻第十号 明治3・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・の足跡標本を採収すべきにより希望者は参加 そこで正直を申しますと、この小さな「イギリス海岸」の原稿は八月六日あの足あとを見つける前の日の晩宿直室で半分書いたのです。私はあの救助係の大きな石を鉄梃で動かすあたりから、あとは勝手に私の空・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ 馬鹿らしい独言を云って机の上に散らばった原稿紙や古ペンをながめて、誰か人が来て今の此の私の気持を仕末をつけて呉れたらよかろうと思う。 未だお昼前だのに来る人の有ろう筈もなしと思うと昨日大森の家へ行って仕舞ったK子が居て呉れたら・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・鉄、ニッケル、ジュラルミン等の原鉱を多量に生産することが分ったそのためにイタリーは附近の土民との間に砲火を交えることを敢て辞さない。そして、外国の新聞はこの戦闘行為の性質を解剖して、その背後の勢力を考えるとこの白沙漠に於ける戦闘はスペインの・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・同じ人が僅か四五年の後に進んで現行勢力の下位に文学を置こうとすることは理解に困難である。 室生犀星氏が近衛公や一部の顕官に逢い、一夕文学談を交したことで、軍人、官吏も文学を理解しようとする誠意を持っていると感激し、庶民出生の長い艱難多か・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・が、作者の病気で十分芸術化されなかったのは残念である。原口清という主人公の行動をもっと客観的に、さまざまの具体的モメントに現れるその性格の観察描写をふくめて描かれたら、小説として立体的になったのであろう。「四壁暗けれど」は長篇の一部分で・・・ 宮本百合子 「新年号の『文学評論』その他」
・・・検事側の主張するB証人の内容が正しいのであれば、証人A、すなわち被告側に有利な証言を法廷において述べた者は、これを偽証罪の現行犯として直ちに逮捕することができる。また現在こうしなければ非常に危険である。第二として法廷における証人尋問に対して・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
出典:青空文庫