・・・「俺のナイフと交換しようか。」 ほかの声が云った。「いやだよ。そんなもの十銭の値打もすりゃせんじゃないか。」「馬鹿! 片ッ方だけの耳輪にどれだけの値打があるんだ!」 斜丘の中ほどに壊れかけた小屋があった。そこで通訳が向う・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・をしめし合せ、雑役を使って他の独房の同志と「レポ」を交換したり「獄内中央委員会」というものさえ作っている、そして例えば、外部の「モップル」と連絡をとって、実際の運動と結びつこうとしたり、内では全部が結束して「獄内待遇改善」の要求を提出しよう・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・結局、彼は行きつけの本屋に寄って、電話を借り、Sにかけた。交換手がひっこんで、相手が出る、その短かい間、龍介は「いてくれれば」という気持と「かえっていないでくれれば極りがつく」という気持を同時に感じた。相手が出ぬ前、受話機をかけてしまうかと・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・ 近くて湯のある中棚は皆なの交歓に適した場所だった。子安がいくらか土地に馴染んだ頃、高瀬も誘われて塾から直ぐに中棚の方へ歩いて行って見た。子安が東京から来て一月ばかり経つ時分には藤の花などが高い崖から垂下って咲いていた谷間が、早や木の葉・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・後に成って、反って大塚さんは眼に見えない若い二人の交換す言葉や、手紙や、それから逢曳する光景までもありありと想像した。それを思うと仕事も碌々手に着かないで、ある時は二人の在処を突留めようと思ったり、ある時は自分の年甲斐も無いことを笑ったり、・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・ こういう言葉を交換して歩いて行くうちに、二人は池に臨んだ石垣の上へ出て来た。樹蔭に置並べた共同腰掛には午睡の夢を貪っている人々がある。蒼ざめて死んだような顔付の女も居る。貧しい職人体の男も居る。中には茫然と眺め入って、どうしてその日の・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・これとても、ゲエテの素朴な詩精神に敬服しているのではなく、ゲエテの高位高官に傾倒しているらしい、ふしが、無いでもない。あやしいものである。けれども、兄妹みんなで、即興の詩など、競作する場合には、いつでも一ばんである。できている。俗物だけに、・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ いちばん高級な読書の仕方は、鴎外でもジッドでも尾崎一雄でも、素直に読んで、そうして分相応にたのしみ、読み終えたら涼しげに古本屋へ持って行き、こんどは涙香の死美人と交換して来て、また、心ときめかせて読みふける。何を読むかは、読者の権利で・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
・・・放送局の無邪気さに好感を持った。私の家では、主人がひどくラジオをきらいなので、いちども設備した事はない。また私も、いままでは、そんなにラジオを欲しいと思った事は無かったのだが、でも、こんな時には、ラジオがあったらいいなあと思う。ニュウスをた・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・しかも、たっぷり半日、親友交歓をしたのである。私には、強姦という極端な言葉さえ思い浮んだ。 けれども、まだまだこれでおしまいでは無かったのである。さらに有終の美一点が附加せられた。まことに痛快とも、小気味よしとも言わんかた無い男であった・・・ 太宰治 「親友交歓」
出典:青空文庫