・・・すると、私がずっと子供の時分からもっていた思想の傾向――維新の志士肌ともいうべき傾向が、頭を擡げ出して来て、即ち、慷慨憂国というような輿論と、私のそんな思想とがぶつかり合って、其の結果、将来日本の深憂大患となるのはロシアに極ってる。こいつ今・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・いふ示人天皇は神にしますぞ天皇の勅としいはばかしこみまつれ 極めて安心に極めて平和なる曙覧も一たび国体の上に想い到る時は満腔の熱血を灑ぎて敬神の歌を作り不平の吟をなす。慷慨淋漓、筆、剣のごとし。また平日の貧曙・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・自分らの郷里では春になると男とも女とも言わず郊外へ出て土筆を取ることを非常の楽しみとして居る習慣がある。この土筆は勿論煮てくうのであるから、東京辺の嫁菜摘みも同じような趣きではあるが、実際はそれにもまして、土筆を摘むという事その事が非常に愉・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ そしてお二人は町の広場を通り抜けて、だんだん郊外に来られました。沙がずうっとひろがっておりました。その砂が一ところ深く掘られて、沢山の人がその中に立ってございました。お二人も下りて行かれたのです。そこに古い一つの壁がありました。色はあ・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
このかいわいは昼も夜もわりあいに静かなところである。北窓から眺めると欅の大木が一群れ秋空に色づきかかっていて、おりおり郊外電車の音がそっちの方から聞えてくる。鉄道線路も近いので、ボッボッボッボと次第に速く遠く消え去って行く・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ ステーション構外の物売店見物。 バタがうんとある。 三つ十五カペイキでトマトを買った。てのひらにのっけて雪道を歩くとそれは烏瓜のようだった。実際美味くなかった。ナルザン鉱泉の空瓶をもってって牛乳を買う50к。ゴム製尻あてのよう・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・各新聞に、その梗概がのせられている。政府は、新しい民主憲法を、何故か世界民主国人民の祭日である五月一日に実効発生することをきらって、十一月三日に発布することにきめた。文部省は一億円という尨大な予算を憲法祭のためにとった。新歴史教科書もその関・・・ 宮本百合子 「『くにのあゆみ』について」
・・・と創作の業績を重ねながら、目前の日本文学一般がおくれていることへの不満のはけくちを、日清戦争後の日本がさらにシベリアへ着目していた当時の国士的な慷慨のなかに見出した。そして、朝日新聞社からロシア視察旅行に赴き、あちらで発病して、明治四十二年・・・ 宮本百合子 「生活者としての成長」
・・・ 藤村における「詠嘆的、慷慨的」なものを詩人的稟質と貴方は書いておられますが、どうかしら。こういうものは藤村が自身の教養と生活の道とを、所謂心も軽く身も軽き学生生活でのみ得ず、自力で自身の肉体でものにして来ているところからも生じているの・・・ 宮本百合子 「「夜明け前」についての私信」
・・・街街の一隅を馳け廻っている、いくら悪戯をしても叱れない墨を顔につけた腕白な少年がいるものだが、栖方はそんな少年の姿をしている。郊外電車の改札口で、乗客をほったらかし、鋏をかちかち鳴らしながら同僚を追っ馳け廻している切符きり、と云った青年であ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫