・・・それは当然当時の製作工程の未熟、原始性をも語っている。 文学創作の過程は複雑で、個性的であるけれども、主観的に所謂たたき込んだ勘にたよるばかりで、作家が常に必ずしも現実の核心にふれて描き得るかどうかということには大きい疑問があると思う。・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・彼は自動車製造という長い全面工程のたった一つの小部分にだけ精通し、労働の全能力がそこに規画されていわば精巧なかたわにされてしまっているから、ほかのところでは役にたたない。フォードの労働者が、不景気につれて案外に低賃銀をうけ入れ、労働時間の短・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
・・・ 印刷行程の困難な事情に応じて、出版・印刷関係の勤労者が、最低生活を守るために闘った。物価の高騰と歩調を合せないまでも、いく分ましの賃銀の条件になり、婦人は生理休暇ももてるようになった。 けれども、本当に自主的な自覚のある勤労者とし・・・ 宮本百合子 「文化生産者としての自覚」
・・・『皇帝が殺されたんだ!』 ヴィクトルは帰って来ると、詰らなそうに外套をぬぎながら怒って云った。『俺は戦争だろうと思ったのに!』 皆は揃ってお茶を飲んだ。そして安らかに、とは云え、声を潜めて用心深く語り合った。」「二日の間・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
皇帝と地主と資本家によって搾取が行われていた時代、ロシアの勤労階級の男は、教会の坊主から常に「お前らが此世でつかえなければならない主人は三人ある」と説教されていた。その三人の主人というのは「天の神、神の子であるツァー、ツァ・・・ 宮本百合子 「ロシア革命は婦人を解放した」
・・・血の日曜日に、冬宮の前で、皇帝の命令によって、射殺された数千の大衆の写真、シベリアの或る鉱山で、ゼネ・ストに参加した労働者七百人が、殺されて倒れている写真、実にヒシヒシと、プロレタリア・農民の過去の革命的努力が見る者の心にせまって来る。・・・ 宮本百合子 「ロシアの過去を物語る革命博物館を観る」
・・・窓に金色の楯に王冠をかぶった獅子と馬とが前脚をかけた例の皇帝紋章が打ってある「大英宝石商会」である。 続いて堅牢な石の外壁に沿って走り乗合自動車は非常な雑踏のまっ只中に止る。そこは都会の三角州である。ここでは妙に身丈の縮小したように見え・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・国鉄の非常識な値上、公定価格の全般的吊上げが発表されている。今日、疎開している人口は、どのくらいあるか、疎開した学生の数は何人あるだろうか。疎開した勤人、疎開している学生は、都会の住居難から、たいていは遠距離を通勤、通学している。その人達の・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ 私がまいりましたコロンビヤ大学の広い校庭などには、リスが沢山居ります。人が飼っているのではなく、野生なんですよ。それが皆な人になついて居ります。 子供などはよくピーナッツの皮をむいてはリスに投げてやります。すると枝にいるリスは・・・ 宮本百合子 「わたくしの大好きなアメリカの少女」
・・・池辺義象さんの校訂した活字本で一ペエジ余に書いてある。私はこれを読んで、その中に二つの大きい問題が含まれていると思った。一つは財産というものの観念である。銭を待ったことのない人の銭を持った喜びは、銭の多少には関せない。人の欲には限りがないか・・・ 森鴎外 「高瀬舟縁起」
出典:青空文庫