・・・白骨にも鼻の高低はあるのか。文章だけが鼻が高いと書く。若くて死んだから。あたしは養生して二百歳まで生きる。奇蹟。化石になる頃、皆あたしを忘れる。文章だけに残る。醜い女、二百歳まで生きて、鼻が低かったと。そしてさらに一生冒さず、処女! 殺・・・ 織田作之助 「好奇心」
・・・あの明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬと・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・しかし大洋のうねりのように高低起伏している。それも外見には一面の平原のようで、むしろ高台のところどころが低く窪んで小さな浅い谷をなしているといったほうが適当であろう。この谷の底はたいがい水田である。畑はおもに高台にある、高台は林と畑とでさま・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・スに行きあいて堪え難き渇きと死ぬばかりなる疲労を癒する由あれど、人生まれ落ちての旅路にはただ一度、恋ちょう真清水をくみ得てしばしは永久の天を夢むといえども、この夢はさめやすくさむれば、またそのさびしき行程にのぼらざるを得ず、かくて小暗き墓の・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・昨日降った雪がまだ残っていて高低定まらぬ茅屋根の南の軒先からは雨滴が風に吹かれて舞うて落ちている。草鞋の足痕にたまった泥水にすら寒そうな漣が立っている。日が暮れると間もなく大概の店は戸を閉めてしまった。闇い一筋町がひっそりとしてしまった。旅・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ たとえば前イギリス皇帝の場合にしても皇位を抛ってまでもの、シンプソン夫人への誠実を賞賛するにおいて私は決して人後に落ちるものではないが、もしかりに前英帝にイギリスの政治的使命についての、文明史的自覚が燃えていたとするならば、それでもそ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・かような宗教経験の特異な事実は、客観的には否定も、肯定もできない。今後の心霊学的研究の謙遜な課題として残しておくよりない。しかし日蓮という一個の性格の伝記的な風貌の特色としては興趣わくが如きものである。 八 身延の隠棲・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・しかしながらまだ、彼らが知性の否定や、啓示の肯定をいうようになる時機はおそらく遠いであろう。 われわれは生の探求に発足した青年に、永遠の真理の把握と人間完成とを志向せしめようと祈願するとき、彼らがいずれはその理性知を揚棄せねばならぬこと・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・或る場合には、悲惨をも、残酷をも、人類の進歩のために肯定するプロレタリアートが徹底的にどこまでも反対するのは、帝国主義××である。即ち、××的、××的戦争に反対するのである。 二 ブルジョアジーの戦争反対文学は、多・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・詳しく言えばその中にも南定と北定とあって、南定というのは宋が金に逐われて南渡してからのもので、勿論その前の北宋の時、美術天子の徽宗皇帝の政和宣和頃、即ち西暦千百十年頃から二十何年頃までの間に出来た北定の方が貴いのである。また、新定というもの・・・ 幸田露伴 「骨董」
出典:青空文庫