・・・切り裂かれた疵口からは怨めしそうに臓腑が這い出して、その上には敵の余類か、金づくり、薄金の鎧をつけた蝿将軍が陣取ッている。はや乾いた眼の玉の池の中には蛆大将が勢揃え。勢いよく吹くのは野分の横風……変則の匂い嚢……血腥い。 はや下ななつさ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ ナポレオンは答の代りに、いきなりネーのバンドの留金がチョッキの下から、きらきらと夕映に輝く程強く彼の肩を揺すって笑い出した。 ネーにはナポレオンのこの奇怪な哄笑の心理がわからなかった。ただ彼に揺すられながら、恐るべき占から逃がれた・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
このデネマルクという国は実に美しい。言語には晴々しい北国の音響があって、異様に聞える。人種も異様である。驚く程純血で、髪の毛は苧のような色か、または黄金色に光り、肌は雪のように白く、体は鞭のようにすらりとしている。それに海・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・一度なんぞは、ある気狂い女が夢中に成て自分の子の生血を取てお金にし、それから鬼に誘惑されて自分の心を黄金に売払ったという、恐ろしいお話しを聞いて、僕はおっかなくなり、青くなって震えたのを見て「やっぱりそれも夢だったよ」と仰って、淋しそうにニ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・椎の樹は武蔵野の原始林を構成していたといわれるが、しかし五月ごろの東山に黄金色に輝いている椎の新芽の豪奢な感じを知っているものは、これこそ椎だと思わずにはいられない。 が、湿気と結びついて土壌が重要な役目をしていることも見のがすわけには・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫