・・・そうしてまっしぐらに水中をおそらく三メートル以上も突進して行って、静かに浮かんでいる白の親鳥のそばに浮き上がったかと思うと、いきなりその首筋に食いついて、この弱々しい小柄の母鳥のからだを水中に押し沈めた。驚いて見ていると、この暴君はまもなく・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・眉の間に深い皺をよせ、血眼になって行手を見つめて駆けっているさまは餓えた熊鷹が小雀を追うようだと黒田が評した事がある。休日などにはよく縁側の日向で赤ん坊をすかしている。上衣を脱いでシャツばかりの胸に子供をシッカリ抱いて、おかしな声を出しなが・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・その羅宇屋が一風変った男で、小柄ではあったが立派な上品な顔をしていて言葉使いも野卑でなく、そうしてなかなかの街頭哲学者で、いろいろ面白いリマークをドロップする男であった。いつもバンドのとれたよごれた鼠色のフェルト帽を目深に冠っていて、誰も彼・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・という名前や、また作歌文章などを通して私の自然に想像していた島木さんは、どちらかと云えば小柄な体格をもった人でありましたが、御目にかかってみると私の想像よりはずっと大きい体格のように思われました。 それからこの夏八月始めて諏訪湖畔を汽車・・・ 寺田寅彦 「書簡(1[#「1」はローマ数字1、1-13-21])」
・・・時代の空気の流れないこの町のなかでも、こんな人はまた珍らしかった。小柄なおひろはもう三十ぐらいになっている勘定であった。「お久しぶりですね」おひろは瘠せた膝をして、ぴったりとそこに坐った。「相変らず瘠せているね。やっぱり出てるんだね・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・おかみさんはまだ婆さんというほどではなく、案外垢抜けのした小柄の女で、上野広小路にあった映画館の案内人をしているとの事であった。爺さんはいつでも手拭を後鉢巻に結んでいるので、禿頭か白髪頭か、それも楽屋中知るものはない。腰も曲ってはいなかった・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・ 年は四十ばかりで、軽からぬ痘痕があッて、口つき鼻つきは尋常であるが、左の眼蓋に眼張のような疵があり、見たところの下品小柄の男である。 善吉が吉里のもとに通い初めたのは一年ばかり前、ちょうど平田が来初めたころのことである。吉里はとか・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 縞の着物を着、小柄で、顔など女のように肉のついた爺は、夜具包みや、本、食品などつめた木箱を、六畳の方へ運び入れてくれた。夫婦揃ったところを見ると、陽子は微に苦笑したい心持になった。薄穢く丸っこいところから、細々したことに好奇心を抱くと・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・小粒ながらも胡椒のきいたその移動演劇は、ナチスにとっては小柄な蜂のように邪魔であった。エリカは、舞台のうえにいていくたびか狙撃された。が、無事に千回以上の公演をつづけたが、一九三六年、解散させられた。チューリッヒで、「公安妨害」の口実で公演・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・勇敢な看護婦・皇后エリザベスは小柄で華奢で、しかも強靭な身ごなしで、歩道によせられた自動車から降り立った。その背たけはすぐわきに立っていた私より、ほんの頭ぐらいしか高くなかった。どこでも、私はその学校ナイズすることが不得手で、大正の初めに苦・・・ 宮本百合子 「女の学校」
出典:青空文庫