・・・三人はクララの立っている美しい芝生より一段低い沼地がかった黒土の上に単調にずらっとならんで立っていた――父は脅かすように、母は歎くように、男は怨むように。戦の街を幾度もくぐったらしい、日に焼けて男性的なオッタヴィアナの顔は、飽く事なき功名心・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 我が北海道は、じつに、我々日本人のために開かれた自由の国土である。劫初以来人の足跡つかぬ白雲落日の山、千古斧入らぬ蓊鬱の大森林、広漠としてロシアの田園を偲ばしむる大原野、魚族群って白く泡立つ無限の海、ああこの大陸的な未開の天地は、いか・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ 散文の自由の国土! 何を書こうというきまったことはなくとも、漠然とそういう考えをもって、私は始終東京の空を恋しがっていた。 ○ 釧路は寒い処であった。しかり、ただ寒い処であった。時は一月末、雪と氷に埋もれて、川さえおお・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・梶原申しけるは、一歳百日の旱の候いけるに、賀茂川、桂川、水瀬切れて流れず、筒井の水も絶えて、国土の悩みにて候いけるに、―― 聞くものは耳を澄まして袖を合せたのである。――有験の高僧貴僧百人、神泉苑の池にて、仁王経を講じ奉らば・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・シネマと、ラヂオのごとき、一地域もしくは、局部の生活に抵抗せず、超国土的に、一般の大衆に訴へんとするものが、それである。これ等の統一的な芸術にあっては、はじめより、大衆に共通する趣味、興味、感情、思想等を標準とし、普遍性を指標とするを特色と・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・ 下の黒土には、黄ばんだ大根の葉が、きれいに頭を並べていました。おきぬは子供がかぜぎみであることを知っていました。持ってくるはずのねんねこを忘れてきたのに気がついて、「長吉や、ここに待っておいで、母ちゃんは、すぐ家へいってねんねこを・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・これ偏に国土の恩を報ぜん為めなり。」 これが日蓮の国家三大諫暁の第一回であった。 この日蓮の「国土の恩」の思想はわれわれ今日の日本の知識層が新しく猛省して、再認識せねばならぬものである。われわれは具体的共同体、くにの中に生を得て、そ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・もう祖国の娘ではない。国土から咲いた花ではない。 どこまでも日本の娘であれ。万葉時代の娘のような色濃き、深き、いのちをかけた恋をせよ。モダンな服装の下に、泡雪の乳房、玉きはるいのち、大和乙女の血の脈打っていることを忘れるな。 丹椿の・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 窓外、庭ノ黒土ヲバサバサ這イズリマワッテイル醜キ秋ノ蝶ヲ見ル。並ハズレテ、タクマシキガ故ニ、死ナズ在リヌル。決シテ、ハカナキ態ニハ非ズ。と書かれてある。 これを書きこんだときは、私は大へん苦しかった。いつ書きこんだか、私は決して忘・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・ 僕も、縁側に這いつくばって、庭のしめった黒土のうえをすかして見た。はっと気づいた。まだ要件をひとことも言わぬうちに、将棋を指したり、かげろうを捜したりしているおのれの呆け加減に気づいたのである。僕はあわてて坐り直した。「木下さん。・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫