・・・ヤコフ・イリイッチはと見ると一人おいた私の隣りに大きく胡坐をかいてくわえ煙管をぱくぱくやって居た。へん、大袈裟な真似をしやがって、 と云う声がしたので、見ると大黒帽の上から三角布で頬被りをした男が、不平相にあたりを見廻して居・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・ と大爺は大王のごとく、真正面の框に上胡坐になって、ぎろぎろと膚をみまわす。 とその中を、すらりと抜けて、褄も包ましいが、ちらちらと小刻に、土手へ出て、巨石の其方の隅に、松の根に立った娘がある。……手にも掬ばず、茶碗にも後れて、浸し・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・帯もぐるぐる巻き、胡坐で火鉢に頬杖して、当日の東雲御覧という、ちょっと変った題の、土地の新聞を読んでいた。 その二の面の二段目から三段へかけて出ている、清川謙造氏講演、とあるのがこの人物である。 たとい地方でも何でも、新聞は早朝に出・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・ 主人は大胡座で、落着澄まし、「吝なことをお言いなさんな、お民さん、阿母は行火だというのに、押入には葛籠へ入って、まだ蚊帳があるという騒ぎだ。」「何のそれが騒ぎなことがあるもんですか。またいつかのように、夏中蚊帳が無くっては、そ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ これが親仁は念仏爺で、網の破れを繕ううちも、数珠を放さず手にかけながら、葎の中の小窓の穴から、隣の柿の木、裏の屋根、烏をじろりと横目に覗くと、いつも前はだけの胡坐の膝へ、台尻重く引つけ置く、三代相伝の火縄銃、のッそりと取上げて、フッと・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・と立ったり、居たり、歩行いたり、果は胡坐かいて能代の膳の低いのを、毛脛へ引挟むがごとくにして、紫蘇の実に糖蝦の塩辛、畳み鰯を小皿にならべて菜ッ葉の漬物堆く、白々と立つ粥の湯気の中に、真赤な顔をして、熱いのを、大きな五郎八茶碗でさらさらと掻食・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・云ってやった通りに渋川が来るならば、明日の十時頃にはここへ来られる都合だが、こんな訳ならば、云うてやらねばよかったにと腹に思いながら、とにかく座蒲団へ胡坐をかいて見た。気のせいかいやに湿りぽく腰の落つきが悪い。予の神経はとかく一種の方面に過・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・男は色の黒い苦み走った、骨組の岩畳な二十七八の若者で、花色裏の盲縞の着物に、同じ盲縞の羽織の襟を洩れて、印譜散らしの渋い緞子の裏、一本筋の幅の詰まった紺博多の帯に鉄鎖を絡ませて、胡座を掻いた虚脛の溢み出るのを気にしては、着物の裾でくるみくる・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・だから僕の小説は一見年寄りの小説みたいだが、しかしその中で胡坐をかいているわけではない。スタイルはデカダンスですからね。叫ぶことにも照れるが、しみじみした情緒にも照れる。告白も照れくさい。それが僕らのジェネレーションですよ」 私はしどろ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・なるほどそんな風に考えたのか、火鉢の傍を離れて自分はせっせと復習をしている、母や妹たちのことを悲しく思いだしているところへ、親父は大胡座を掻いて女のお酌で酒を飲みながら猿面なぞと言って女と二人で声を立てて笑う、それが癪に障ったのはむりもない・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
出典:青空文庫