・・・「仕方がないから、襯衣を敷居の上へ乗せて、手頃な丸い石を拾って来て、こつこつ叩いた。そうしたら虱が死なないうちに、襯衣が破れてしまった」「おやおや」「しかもそれを宿のかみさんが見つけて、僕に退去を命じた」「さぞ困ったろうね」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快になって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛を吹きながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしま・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 次の晩もゴーシュは夜中すぎまでセロを弾いてつかれて水を一杯のんでいますと、また扉をこつこつ叩くものがあります。 今夜は何が来てもゆうべのかっこうのようにはじめからおどかして追い払ってやろうと思ってコップをもったまま待ち構えて居りま・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・ いたちはちょうど、とうもろこしのつぶを、歯でこつこつかんで粉にしていましたが、ツェねずみを見て言いました。「どうだ。金米糖がなかったかい。」「いたちさん。ずいぶんお前もひどい人だね。私のような弱いものをだますなんて。」「だ・・・ 宮沢賢治 「ツェねずみ」
・・・ドーデが、貧乏しながらこつこつと小説をかいていくらか出来た財力がレオンをそういう男に仕立ててフランスの敗れる一因をなす者として存在させることを、思っても見ただろうか。 今日の生活と文化は、こういう父と子の物語についても私たちに考えさせず・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・の幻想のなかへ身を置こうともしないで、やはりこつこつと「破戒」を書きつづけて行った藤村の心の底には、そのような野暮を敢てする芸術家としての時代への意識があったわけで、その意識は、創作の現実としては作品のテーマとその表現方法への確信として自覚・・・ 宮本百合子 「作家と時代意識」
・・・ 木村はゆっくり構えて、絶えずこつこつと為事をしている。その間顔は始終晴々としている。こういう時の木村の心持は一寸説明しにくい。この男は何をするにも子供の遊んでいるような気になってしている。同じ「遊び」にも面白いのもあれば、詰まらないの・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・そして十二時の時計が鳴り始めると同時に、さあ新年だと云うので、その酒を注いだ杯をてんでんに持って、こつこつ打ち附けて、プロジット・ノイヤアルと大声で呼んで飲むのです。それからふざけながら町を歩いて帰ると、元日には寝ていて、午まで起きはしませ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 戸をこつこつ叩く音がする。「Entrez !」 底に力の籠った、老人らしくない声が広間の空気を波立たせた。 戸を開けて這入って来たのは、ユダヤ教徒かと思われるような、褐色の髪の濃い、三十代の痩せた男である。 お約束の ・・・ 森鴎外 「花子」
・・・ もちろん、身辺小説も困難なことにおいてはそう違わないと思うが、人それぞれの性質によって困難の対象は違うものとしなければならぬなら、私にとっての困難はやはり身辺小説だとは思えないので、こつこつやっているうちに幾らかはなろうと思っている。・・・ 横光利一 「作家の生活」
出典:青空文庫