・・・といったような孤独の思いから、だんだんと悩まされて行った。そしてそれがまた幼い子供らの柔かい頭にも感蝕して行くらしい状態を、悲しい気持で傍観していねばならなかった。 永い間、十年近い間、耕吉の放埒から憂目をかけられ、その上三人の子まで産・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・銀座などとちがって、狭い山ノ手のカフェでは、孤独な客が他所のテーブルを眺めたりしながら時を費すことはそう自由ではない。そんな不自由さが――そして狭さから来る親しさが、彼らを互いに近づけることが多い。彼らもどうやらそうした二人らしいのであった・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ゴチック建築のなかを辿ってゆくときのような、犇ひしと迫って来る静寂と孤独とが感じられた。私の眼はひとりでに下へ落ちた。径の傍らには種々の実生や蘚苔、羊歯の類がはえていた。この径ではそういった矮小な自然がなんとなく親しく――彼らが陰湿な会話を・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・ ああ果たしてしからんか、あるいは孤独、あるいは畏懼、あるいは苦痛、あるいは悲哀にして汝を悩まさん時、汝はまさにわがこの言を憶うべし。 他日もし、われまた汝を見るあたわざるの地にあらんか、汝まさにわれと共にこの清泉の岸に立ちしことを・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・酔うてはいるもののどうも孤独の感に堪えない。要するに自分は孤独である。 人の一生は何の為だろう。自分は哲学者でも宗教家でもないから深い理窟は知らないが、自分の今、今という今感ずるところは唯だ儚さだけである。 どうも人生は儚いものに違・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・アレキサンダーがペルシアの女との恋愛のために遠征を忘れ、スピノーザが性的孤独のために思索を怠り、ダヌンチオがフューメの女を恋するあまり戦いを捨てるようなことがあったとしたら、われわれは彼らのためにそれを惜しまずにはおられないであろう。 ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・倉皇として奔命し、迫害の中に、飢えと孤独を忍び、しかも真理のとげ難き嘆きと、共存同悲の愍みの愛のために哭きつつ一生を生きるのである。「日蓮は涙流さぬ日はなし」と彼はいった。 日蓮は日本の高僧中最も日本的性格を持ったそれである。彼において・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・いわんやまた趣味には高下もあり優劣もあるから、優越の地に立ちたいという優勝慾も無論手伝うことであって、ここに茶事という孤独的でない会合的の興味ある事が存するにおいては、誰か茶讌を好まぬものがあろう。そしてまた誰か他人の所有に優るところの面白・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・重い病も、老年の孤独というものも知らなかった。このまますわってしまうのかと思うような、そんな恐ろしさはもとより知らなかった。「みんな、そうですよ。子供が大きくなる時分には、わがからだがきかなくなりますよ。」と、私に言ってみせたある婆さんもあ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・彼女は孤独で震えるように成ったばかりでなく、もう長いこと自分の身体に異状のあることをも感じていた。彼女は娘のお新と共に――四十の歳まで結婚させることも出来ずに処女で通させて来たような唯一人の不幸なお新と共に最後の「隠れ家」を求めようとするよ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫