・・・小籠 「コム」は瘤、また小山。「コムコム」か。咥内 「カウンナイ」係蹄をかけて鹿を捕る沢。石狩にもこの地名あり。加江 は岩の割目。大河内 「ウーコッ」川の合流。甲殿 「コタン」は村。またマレイで「コタ」は町。またビルマ語・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・ 雪は紛々として勝手口から吹き込む。人達の下駄の歯についた雪の塊が半ば解けて、土間の上は早くも泥濘になって居た。御飯焚のお悦、新しく来た仲働、小間使、私の乳母、一同は、殿様が時ならぬ勝手口にお出での事とて戦々恟々として、寒さに顫えながら・・・ 永井荷風 「狐」
・・・と吟じながら女一度に数弁を攫んで香炉の裏になげ込む。「蛸懸不揺、篆煙遶竹梁」と誦して髯ある男も、見ているままで払わんともせぬ。蜘蛛も動かぬ。ただ風吹く毎に少しくゆれるのみである。「夢の話しを蜘蛛もききに来たのだろ」と丸い男が笑うと、「そ・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・ 泣き声と一緒に、訴えるような声で叫んで、その小さな手は、吉田の頸に喰い込むように力強くからまった。 人生の、あらゆる不幸、あらゆる悲惨に対して殆んど免疫になってはいた吉田であった。不幸や悲惨の前に無力に首をうなだれる吉田ではなかっ・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・ 海は中どころだった。凪いでると云うんでもないし、暴化てる訳でもなかった。 三十分後に第三金時丸の舵手は、左に燈台を見た。 コムパスは、南西を指していた。ところが、そんな処に、島はない筈であった。 コーターマスターは、メーツ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ 海は中どころだった。凪いでると云うんでもないし、暴化てる訳でもなかった。 三十分後に第三金時丸の舵手は、左に燈台を見た。 コムパスは、南西を指していた。ところが、そんな処に、島はない筈であった。 コーターマスターは、メーツ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・第三に子供を養育して一人前の男女となし、二代目の世の中にては、その子の父母となるに差支なきように仕込むことなり。第四に人々相集まりて一国一社会を成し、互いに公利を謀り共益を起こし、力の及ぶだけを尽してその社会の安全幸福を求むること。この四ヶ・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・其方の心の奥にも、このあらゆる無意味な物事の混沌たる中へ関係の息を吹込む霊魂は据えてあった。この霊魂を寝かして置いて混沌たる物事を、生きた事業や喜怒哀楽の花園に作り上げずにいて、それを今わしが口から聞くというのは、其方の罪じゃ。人というもの・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・その度に秋の涼しさは膚に浸み込むように思うて何ともいえぬよい心持であった。何だか苦痛極って暫く病気を感じないようなのも不思議に思われたので、文章に書いて見たくなって余は口で綴る、虚子に頼んでそれを記してもろうた。筆記しおえた処へ母が来て、ソ・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・ジョバンニはその人の卓子の足もとから一つの小さな平たい函をとりだして向うの電燈のたくさんついた、たてかけてある壁の隅の所へしゃがみ込むと小さなピンセットでまるで粟粒ぐらいの活字を次から次と拾いはじめました。青い胸あてをした人がジョバンニのう・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
出典:青空文庫