・・・ 袂へ手を突っ込んだが、財布が見つからぬらしい。「――おかしいね。落したのかな」 そう言いながら、だんだん入口の方へ寄って行ったかと思うと、いきなり逃げ出した。「あッ! こらッ武麟」 Aさんはあわててあとを追った。 私は・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・「こらこら手前まだいやがるんか。ここは手前なぞには用のないところなんだぜ。出て行け!」 掃除に来た駅夫に、襟首をつかまえられて小突き廻されると、「うるさいな」といった風で外へ出て行くが、またじきに戻ってきて、じっとストーヴの傍に俯向・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 丘のそこかしこ、それから、丘のふもとの草原が延びて行こうとしているあたり、そこらへんに、露西亜人の家が点々として散在していた。革命を恐れて、本国から逃げて来た者もあった。前々から、西伯利亜に土着している者もあった。 彼等はいずれも・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・「俺れら、こら、これだけやってきたぞ」 若い男は、一と握りの紙幣束を紙屑のようにポケットから掴みだしてみせた。そして、また、ルーブル相場がさがってきたと話した。「さがれゃ、さがって、こちとらは、物を高く売りつけりゃええだ。なに、・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・……こゝにこら、お日さんが出てきよって、川の中に鶴が立って居るんじゃ。」彼は絵の説明をした。「どれが鶴?」「これじゃ。――鶴は頸の長い鳥じゃ。」 子供は鶴を珍らしがって見いった。「ほんまの鶴はどんなん?」「そんな恰好でも・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・進奴こっちば向いて、立ち止まったが、しばらくキョトンとしてるんだ。こら、お母アだ! と云うと、ようやく分ったのか、笑ったよ。ところが、ついていた巡査が立ち止まっちゃいかんと云って、待たしていた自動車の中に無理矢理押し込んでしまったんだ。俺く・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・どうだい、牛一ぴきのこらずくうまでかるわざをやるつもりかい? ほら、来た。よ、もう一つ。ほうら。よ、ほら。」と、肉屋はあとから/\と何どとなく切ってはなげました。犬は、そのたんびに、ぴょいぴょいと上手にとって、ぱくぱく食べてしまいます。・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・と冗談ばかりおっしゃって、一向に歯のお手入れをなさらなかったのに、どういう風の吹き廻しか、お仕事の合間、合間に、ちょいちょいと出かけて行っては、一本二本と、金歯を光らせてお帰りになるようになりました。こら、笑ってみろ、と私が言ったら、あなた・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・努力して、そんな下品な態度を真似るのである。こら! とテントの中で曲馬団の者が呶鳴る。わあと喚声を揚げて子供たちは逃げる。私も真似をして、わあと、てれくさい思いで叫んで逃げる。曲馬団の者が追って来る。「あんたはいい。あんたは、いいのです・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・手向いしないと見てとり、れいの抜け目の無い紳士、柳田が、コツンと笠井氏の頭を打ち、「眼をさませ。こら、動物博士。四つ這いのままで退却しろ。」 と言って、またコツンと笠井氏の頭を殴りましたが、笠井氏は、なんにも抵抗せず、ふらふら起き上・・・ 太宰治 「女類」
出典:青空文庫