・・・という看板の手前、恥かしい想いをしながらこっそり医者をよんで診せると、「――こりゃ、神経痛ですよ。まあ、ゆっくり温泉に浸って、養生しなさい。温泉灸療法でもやることですな」 と、知っていたのか、簡単に皮肉られて、うろたえ、まる三日間二・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ まだ他に二人おる。こやつも敵ぞ!」という。「鋤は要らん、埋ちゃいかん、活て居るよ!」 と云おうとしたが、ただ便ない呻声が乾付いた唇を漏れたばかり。「やッ! こりゃ活きとるンか? イワーノフじゃ! 来い来い、早う来い、イワーノフ・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「はて、おかしいぞ」と思いましたが、瞳孔を見てやろうにも私は眼が悪くてはっきり解りません。「こりゃ、ヒョットすると今晩かも知れぬ、寝て居るどころでは無い」と、直ぐ家を飛び出して半丁程離れた弟の家へ行き懐中電燈を持って直ぐ来て呉れと言って、ま・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・…… 清吉は、こういう想像を走らせながら、こりゃ本当にあることかもしれないぞ、或は、今、現に妻がこうやっているかもしれない。と一方で考える。 お里がびく/\しながら、番頭の方へ近づくと、「あ、そうですか。」番頭は何気なく、書きと・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・「ヘイ、ヘイ。」おしかは神棚から土器をおろして、種油を注ぎ燈心に火をともした。 両人はその灯を頼りに、またしばらく夜なべをつゞけた。 と、台所の方で何かごと/\いわす音がした。「こりゃ、くそッ!」おしかはうしろへ振り向いた。・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・だがの、別段未練を残すのなんのというではないが、茶人は茶碗を大切にする、飲酒家は猪口を秘蔵にするというのが、こりゃあ人情だろうじゃないか。」「だって、今出してまいったのも同じ永楽ですよ。それに毀れた方はざっとした菫花の模様で、焼も余りよ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・「こりゃ驚いた。尺二ですぜ。しっかり御頼申しますぜ」と大尉は新規な的の方を見て矢を番った。「ポツン」と体操の教師は混返すように。「そうはいかない」 大尉は弓返りの音をさせて、神経的に笑って、復た沈鬱な無言に返った。 桑畠・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・やに案内して大いに飲み、そろそろ酒が苦痛になりかけて来た時に、雑誌社の編輯者が、たぶんここだろうと思った、と言ってウイスキー持参であらわれ、その編輯者の相手をしてまたそのウイスキーを一本飲みつくして、こりゃもう吐くのではなかろうか、どうなる・・・ 太宰治 「朝」
・・・ フランスの国歌は、なおつづき、夫は話しながら泣いてしまって、それから、てれくさそうに、無理にふふんと笑って見せて、「こりゃ、どうも、お父さんは泣き上戸らしいぞ。」 と言い、顔をそむけて立ち、お勝手へ行って水で顔を洗いながら、・・・ 太宰治 「おさん」
・・・丁度持合せていたMCCかなんかを進呈してマッチをかしてやったら、「や、こりゃあ有難う有難う」と何遍もふり返っては繰返しながら行過ぎた。往来の人が面白そうににこにこして見ていた。甚だ平凡な出来事のようでもあるが、しかしこの事象の意味がいまにな・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
出典:青空文庫