・・・そこで代官は一月ばかり、土の牢に彼等を入れて置いた後、とうとう三人とも焼き殺す事にした。(実を云えばこの代官も、世間一般の人々のように、一国の安危に関 じょあん孫七を始め三人の宗徒は、村はずれの刑場へ引かれる途中も、恐れる気色は見えなか・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・その仕事をし遂げるまでは、たとい死に神が手をついて迎えに来ても、死に神のほうをたたき殺すくらいな勢いでやっているんだ。その中でもがんばり方といい、力量といい一段も二段も立ちまさっていたのは奴だった。東京のすみっこから世界の美術をひっくり返す・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・どうして、この黒い上衣を着て、シルクハットを被った二十人の男が、この意識して、生きた目で、自分達を見ている、生きた、尋常の人間一匹を殺すことが出来よう。そんな事は全然不可能ではないか。 こう思って見ていると、今一秒時間の後に、何か非常な・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・女やい、女、金子は盗まいでも、自分の心が汝が身を責殺すのじゃわ、たわけ奴めが、フン。我を頼め、膝を抱け、杖に縋れ、これ、生命が無いぞの。」と洞穴の奥から幽に、呼ぶよう、人間の耳に聞えて、この淫魔ほざきながら、したたかの狼藉かな。杖を逆に取っ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・しかし自殺者その人の身になったならば、われとわれを殺すその実劇よりは、自殺を覚悟するに至る以前の懊悩が、遥かに自殺そのものよりも苦しいのでなかろうか。自殺の凶器が、目前に横たわった時は、もはや身を殺す恐怖のふるえも静まっているのでなかろうか・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・対牛楼上無状を嗟す 司馬浜前に不平を洩らす 豈翔だ路傍狗鼠を誅するのみならん 他年東海長鯨を掣す 船虫閉花羞月好手姿 巧計人を賺いて人知らず 張婦李妻定所無し 西眠東食是れ生涯 秋霜粛殺す刀三尺 夜月凄涼たり笛一枝 天網疎と・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・軍人といえば人を殺すの術にのみ長じている者であるとの思想は外国においては一般に行われておらないのであります。 ユトランドはデンマークの半分以上であります。しかしてその三分の一以上が不毛の地であったのであります。面積一万五千平方マイルのデ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ すべて、生き得る条件の下に置かざるかぎり、たとえ形は異っても、同じく手にかけて殺すようなものだと私は、子供に向っていったのでした。 しかし、眼前の社会においても、甚だ原始的なる子供の本能と酷似した、残忍性のあるのを発見します。・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・上品さもここまで来れば私たちの想像外で、「殺す」という動詞に敬語がつけられるのを私はうかつに今日まで知らなかったが、これもある評論家からきいたことだが、犬養健氏の文学をやめる最後の作品に、犬養氏が口の上に飯粒をつけているのを見た令嬢が「パパ・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・そしてまた、自分が嬶や子供の為めに自分を殺す気になれないと同じように、彼女だってまた亭主や子供の為めに乾干になると云うことは出来ないのだ」彼はまた斯うも思い返した。……「お父さんもう行きましょうよ」「もう飽きた?」「飽きちゃった・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫