・・・「しかし、高瀬君、どうしてこんなに御懇意にするように成ったかと思うようですネ……貴方のところでも、今、お子さんはお二人か……実際、子供は骨が折れますよ。お二人位の時はまだそれでも宜う御座んす。私共を御覧なさい、あの通りウジャウジャ居るん・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・部屋の内には、ある懇意なところから震災見舞にと贈られた屏風などを立て廻して、僅かにそこいらを取り繕ってある。長いことお三輪が大切にしていた黒柿の長手の火鉢も、父の形見として残っていた古い箪笥もない。お三輪はその火鉢を前に、その箪笥を背後にし・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・映画のほかに余興とあってまね事のような化学的の手品、すなわち無色の液体を交ぜると赤くなったり黄色くなったりするのを懇意な医者に準備してもらった。それはまずいいとしても、明治十年ごろに姉が東京の桜井学校で教わった英語の唱歌と称するものを合唱し・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・師と子規と親密になったのは知り合ってから四年もたって後であったが懇意になるとずいぶん子供らしく議論なんかして時々喧嘩などもする。そう云う風であるから自然細君といさかう事もあるそうだ。それを予め知っておらぬと細君も驚く事があるかも知れぬが根が・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・出方は新次郎と言って、阿久の懇意な男であった。一番目は「酒井の太鼓」で、栄升の左衛門、雷蔵の善三郎と家康、蝶昇の茶坊主と馬場、高麗三郎の鳥居、芝三松の梅ヶ枝などが重立ったものであった。道具の汚いのと、役者の絶句と、演芸中に舞台裏で大道具の釘・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・五 次の日に懇意な一人が太十の畑をおとずれた。彼は能く来た。そうして噺が興に乗じて来る時不器用に割った西瓜が彼等の間に置かれるのである。白い部分まで歯の跡のついた西瓜の皮が番小屋の外へ投げられた。太十は指で弾いて見て此は甘い・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・するとそこに細君と年齢からその他の点に至るまで夫婦として、いかにも釣り合のいい男が逗留していまして細君とすぐ懇意になります。両人は毎日海の中へ飛び込んでいっしょに泳ぎ廻ります。爺さんは浜辺の砂の上から、毎日遠くこれを拝見して、なかなか若いも・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・今度私が此処に現われたのは安倍能成という――これも偉い人で、やはり私の教えた人でありますが――その人が何でも弁論部の方と御懇意だというので、その安倍能成君を通じての御依頼であります。その時私は実は御断りをしたかった。というのは、近来頭の具合・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・ 春から懇意の△△君が作家同盟から今度文学新聞が発行されること、そこへ記事や写真を載せたくてやって来たことなどを話した。 × 洗いざらしだが、さっぱりした半股引に袖なしの××君は、色のいい茄子の漬物をドッサリ盛った小鉢へ向っ・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
・・・長十郎は平生忠利の机廻りの用を勤めて、格別のご懇意をこうむったもので、病床を離れずに介抱をしていた。もはや本復は覚束ないと、忠利が悟ったとき、長十郎に「末期が近うなったら、あの不二と書いてある大文字の懸物を枕もとにかけてくれ」と言いつけてお・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫