・・・ 旅行の暮の僧にて候 雪やこんこん、あられやこんこんと小褄にためて里の小娘は嵐の吹く松の下に集って脇明から入って来る風のさむいのもかまわず日のあんまり早く暮れてしまうのをおしんで居ると熊野を参詣した僧が山々の□(所を・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・勇敢な高橋事務員は、その中へ決然一人でとびこんで、ようやく、向うの岸にひなんしていた船にたどりつき、船頭たちに、患者をはこんでくれるようにと、こんこんとたのみましたが、船頭はいやがって、がんとしておうじてくれません。すると幸い、だれも人のい・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・んだんに皮ふのつやがなくなり、のちには、あばら骨がかぞえられるほどやせて来て、食べものもろくに食べなくなり、店先へ出て来ても、ただ一日じゅう、しき石の上にごろりとなったきりで、ときには、何時間となく、こんこんと眠りつづけています。目も急にか・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・ 男は、突然、咳にむせかえった。こんこんこん、と三つはげしく咳をしたが、これは、ほんとうの咳であった。けれども、それから更に、こん、こん、と二つ弱い咳をしたが、それは、あきらかに嘘の咳であった。身だしなみのよい男は、その咳をしすましてか・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・八百屋の小僧が、いま若旦那から聞いて来たばかりの、うろ覚えの新知識を、お得意さきのお鍋どんに、鹿爪らしく腕組して、こんこんと説き聞かせているふうの情景が、眼前に浮んで来たからである。けれども、とまた、考える。その情景、なかなかいいじゃないか・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・僕は、本でも出して借金を全部かえしてしまって、それから三日三晩くらいぶっつづけにこんこんと眠りたいのだ。借金とは宙ぶらりんな僕の肉体だ。僕の胸には借金の穴が黒くぽかんとあいている。本を出したおかげでこの満たされぬ空洞がいよいよ深くなるかも知・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ いちばんおしまいの場面で、淪落のどん底に落ちた女が昔の友に救われてその下宿に落ち着き、そこで一皿の粥をむさぼり食った後に椅子に凭ってこんこんとして眠る、その顔が長い間の辛酸でこちこちに固まった顔である。それが忽然として別の顔に変わる。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・「三毛のお墓に花が散る。こんこんこごめの花が散る。芝にはかげろう鳥の影。小鳥の夢でも見ているか。」それからあとで同じようなものをもう三つ作って、それに勝手な譜をつけていいかげんの伴奏をもつけてみた。こんな子供らしい甘い感傷を享楽しうるのは対・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・ 母上は其の夜の夜半、夢ではなく、確かにこんこんと云う啼き声を聞いたとの話。下女は日が暮れたと云ったら、どんな用事があっても、家の外へは一歩も踏出さなくなった。忠義一図の御飯焚お悦は、お家に不吉のある兆と信じて夜明に井戸の水を浴びて、不・・・ 永井荷風 「狐」
・・・その音は林にこんこんひびいたのです。「うまい、じつにうまい。どうです、すこし林のなかをあるこうじゃありませんか。そうそう、どちらもまだ挨拶を忘れていた。ぼくからさきにやろう。いいか、いや今晩は、野はらには小さく切った影法師がばら播きです・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
出典:青空文庫