・・・そうかといって太平のシャンゼリゼーの大通りやボアの小道を散歩するのに、まさか弓矢や人殺し用の棍棒や台所用のパン棒を携えるわけにも行かないから、その代わりに何かしら手ごろな棒きれを持つことになったのではないかとも想像される。とにかく昔のシナで・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・行って見るとインド人が四人、ナインピンスというのだろう、木の球をころがして向こうに立てた棍棒のようなものを倒す遊戯をやっている。暗い沈鬱な顔をして黙ってやっている。棍棒が倒れるとカランカランという音がして、それが小屋の中から静かな園内へ響き・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・しかし、それでは物足りない連中は、母親をせびった小銭で近所の大工に頼んでいいかげんの棍棒を手にいれた。投網の錘をたたきつぶした鉛球を糸くずでたんねんに巻き固めたものを心とし鞣皮――それがなければネルやモンパ――のひょうたん形の片を二枚縫い合・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・何かしら棍棒のようなものを数十ずつ一束にしたものを満載している。 近づいてみると、その棒のようなものはみんな人間の右の腕であった。 私は何故かそれを見るとすべての事が解ったような気がした。 鉄の鶴が向うの方で立ち止まって長い鉄の・・・ 寺田寅彦 「夢」
・・・忘れもしねえ、暑い土用の最中に、餒じい腹かかえて、神田から鉄砲洲まで急ぎの客人を載せって、やれやれと思って棍棒を卸すてえとぐらぐらと目が眩って其処へ打倒れた。帰りはまた聿駄天走りだ。自分の辛いよりか、朝から三時過ぎまでお粥も啜らずに待ってい・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・それは犬殺しで帯へ挿した棍棒を今抜こうとする瞬間であった。人なつこい犬は投げられた煎餅に尾を振りながら犬殺しの足もとに近づいて居たのである。犬殺しは太十の姿を見て一足すさった。「何すんだ」 太十は思わず呶鳴った。「殺すのよ」・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・「フン、棍棒強盗としてあるな。どれにも棍棒としてある。だが、汽車にまで棒切れを持ち込みゃしないぜ、附近の山林に潜んだ形跡がある、か。ヘッヘッ、消防組、青年団、警官隊総出には、兎共は迷惑をしたこったろうな。犯人は未だ縛につかない、か。若し・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・上士の残夢未だ醒めずして陰にこれを忌むものあれば、下士は却てこれを懇望せざるのみならず、士女の別なく、上等の家に育せられたる者は実用に適せず、これと婚姻を通ずるも後日生計の見込なしとて、一概に擯斥する者あり。一方は婚を以て恩徳のごとく心得、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・荷車を引いて、棍棒を持って犬殺しが来た、と、私共同胞三人は、ぞっとして家の中に逃げ込んだものだ。 白が死んだのは犬殺しに殺されたのか、病気であったのか。今だに判らない。きいて見ても母さえ忘れて居る。どうして連れて来られたのか知らないしろ・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・ 人間の生活が、きわめて原始的であって、わずかに棍棒を武器として野獣を狩って生活していた頃の生産状態では、文化も非常に原始的で数の観念さえもはっきりせず、絵といえば穴居の洞窟の壁にほりつけた野獣の絵があるにとどまった有様であった。それが・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
出典:青空文庫