・・・今一つは、驚くべし、兄と自分とに渾名がついていて、醜い自分が猿と言われると同時に、兄までが猿引きと言われているということである。仲平はこの発明を胸に蔵めて、誰にも話さなかったが、その後は強いて兄と離れ離れに田畑へ往反しようとはしなかった。・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・ この女には鼠頭魚と云う諢名がある。昔は随分美しかった人らしいが、今は痩せて、顔が少し尖ったように見える。諢名はそれに因って附けられたものである。もう余程前から、この土地で屈指の姉えさん株になっている。 私には芸者に識合があろう筈が・・・ 森鴎外 「余興」
・・・新感覚が清少納言に比較して野蛮人のごとく鈍重に感じられると云うことは、清少納言の官能が文明人のごとく象徴的混迷を以って進化することが不可能であったと感じられることと等しくなる。生活の感覚化 或る人は云う。「感覚派も根本から感・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫