・・・「そいつは豪気だ。――少し余分に貰いたい、ここで煮るように……いいかい。」「はい、そう申します。」「ついでにお銚子を。火がいいから傍へ置くだけでも冷めはしない。……通いが遠くって気の毒だ。三本ばかり一時に持っておいで。……どうだ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・殊に森は留学時代に日本語廃止論を提唱したほど青木よりも一層徹底して、剛毅果断の気象に富んでいた。 青木は外国婦人を娶ったが、森は明治の初め海外留学の先駈をした日本婦人と結婚した。式を挙げるに福沢先生を証人に立てて外国風に契約を交換す結婚・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・主人は熱いところに一箸つけて、「豪気豪気。」と賞翫した。「もういいからお前もそこで御飯を食べるがいい。」と主人は陶然とした容子で細君の労を謝して勧めた。「はい、有り難う。」と手短に答えたが、思わず主人の顔を見て細君は・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・小角は孔雀明王咒を持してそういうようになったというが、なるほど孔雀明王などのような豪気なものを祈って修法成就したら神変奇特も出来る訳か知らぬけれど、小角の時はまだ孔雀明王についての何もが唐で出ていなかったように思われる。ちょっと調べてもらい・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ドンな場合でも決して屈することのないプロレタリアの剛毅さからくる朗かさが、その言葉のうちに含まさっているわけだ。然し、そればかしでなしに、俺だちにとっては本来の意味――いわばブルジョワ的な「休息」という意味でも、此処は別荘であるということを・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・「こらァ、豪気だぞい」 善ニョムさんは、充分に肥料のきいた麦の芽を見て満足だった。腰から煙草入れをとり出すと一服点けて吸いこんだが、こんどは激しく噎せて咳き入りながら、それでも涙の出る眼をこすりながら呟いた。「なァ、いまもっとい・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・一時の豪気は以て懦夫の胆を驚かすに足り、一場の詭言は以て少年輩の心を籠絡するに足るといえども、具眼卓識の君子は終に欺くべからず惘うべからざるなり。 左れば当時積弱の幕府に勝算なきは我輩も勝氏とともにこれを知るといえども、士風維持の一方よ・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・主人は落ち着きはらってきせるをたんたんとてのひらへたたくのだ、あの豪気な山の中の主の小十郎はこう言われるたびにもうまるで心配そうに顔をしかめた。何せ小十郎のとこでは山には栗があったしうしろのまるで少しの畑からは稗がとれるのではあったが米など・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・ましてや、温和なチェホフが、壮年のゴーリキイを除名したアカデミーにたいして、自分がアカデミシャンであることを恥じると抗議したような、温和にして剛毅な文学の精神は、日本の当時に存在しなかったのである。 十三年代に明瞭にあらわれた、この文化・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・作家は、私というものを改めてつかまえなおして、その門から今日の歴史の複雑多様な波流の中へ、沈着剛毅に現われ出なければならないのではなかろうか。高速度カメラが夢中で疾走する人体の腿の筋肉をも見せる力をもっているように、こうして動きつつ、動かし・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
出典:青空文庫