・・・何しろ前清の末年にいた強盗蔡などと言うやつは月収一万元を越していたんだからね。こいつは上海の租界の外に堂々たる洋館を構えていたもんだ。細君は勿論、妾までも、………」「じゃあの女は芸者か何かかい?」「うん、玉蘭と言う芸者でね、あれでも・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・「ちょうどあんな心もちだ。強盗は金さえ巻き上げれば、×××××××云いはしまい。が、おれたちはどっち道死ぬのだ。×××××××××××××××××××××たのだ。どうせ死なずにすまないのなら、綺麗に×××やった方が好いじゃないか?」・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 十四 強盗に出逢ったような、居もせぬ奴を呼んだのも、我ながら、それにさへ、動悸は一倍高うなる。 女房は連りに心急いて、納戸に並んだ台所口に片膝つきつつ、飯櫃を引寄せて、及腰に手桶から水を結び、効々しゅう、嬰・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ けれども、その男を、年配、風采、あの三人の中の木戸番の一人だの、興行ぬしだの、手品師だの、祈祷者、山伏だの、……何を間違えた処で、慌てて魔法つかいだの、占術家だの、また強盗、あるいは殺人犯で、革鞄の中へ輪切にした女を油紙に包んで詰込ん・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 実はなくなりました父が、その危篤の時、東京から帰りますのに、とこの町から発信した……偶とそれを口実に――時間は遅くはありませんが、目口もあかない、この吹雪に、何と言って外へ出ようと、放火か強盗、人殺に疑われはしまいかと危むまでに、さん・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・いや、この時刻だから強盗の所業です。しかし難有い。」 と、枕だけ刎ねた寝床の前で、盆の上ながらその女中――お澄――に酌をしてもらって、怪しからず恐悦している。 客は、手を曳いてくれないでは、腰が抜けて二階へは上れないと、串戯を真顔で・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・――この、お町の形象学は、どうも三世相の鼇頭にありそうで、承服しにくい。 それを、しかも松の枝に引掛けて、――名古屋の客が待っていた。冥途の首途を導くようじゃありませんか、五月闇に、その白提灯を、ぼっと松林の中に、という。……成程、もの・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・この一言の勢いは、抜き身をもってはいって来た強盗ででもあるかのようであった。「………」僕はいたたまらないで二階を下りて来た。 しばらくしてはしご段をとんとんおりたものがあるので、下座敷からちょッと顔を出すと、吉弥が便所にはいるうしろ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・してみれば押込強盗かも知れない。この界隈はまだ追剥や強盗の噂も聴かないが、年の暮と共に到頭やって来たのだろうか。そう思いながら、足袋のコハゼを外したままの恰好で、玄関へ降りて行った。 そっと戸を敲いている。「電報ですか」「………・・・ 織田作之助 「世相」
最近東京を騒がした有名な強盗が捕まって語ったところによると、彼は何も見えない闇の中でも、一本の棒さえあれば何里でも走ることができるという。その棒を身体の前へ突き出し突き出しして、畑でもなんでも盲滅法に走るのだそうである。・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
出典:青空文庫