・・・同じ立場に在る者は同じような感情を懐いて互によく理解し合うものであるから、中村の細君が一も二も無く若崎の細君の云う通りになってくれたのでもあろうが、一つには平常同じような身分の出というところからごくごく両家が心安くし合い、また一つには若崎が・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・庭には梧桐を動かしてそよそよと渡る風が、ごくごく静穏な合の手を弾いている。「頭がそろそろ禿げかかってこんなになってはおれも敵わない。過般も宴会の席で頓狂な雛妓めが、あなたのお頭顱とかけてお恰好の紅絹と解きますよ、というから、その心はと聞・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・極ごくごく小さな部分の中の小部分でもその通りだ。そういう訳だから、魔法の談などといっても際限のないことである。 我邦での魔法の歴史を一瞥して見よう。先ず上古において厭勝の術があった。この「まじなう」という「まじ」という語は、世界において・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・僕は、小指のさきで泡のうえの虫を掬いあげてから、だまってごくごく呑みほした。「貧すれば貪すという言葉がありますねえ。」青扇はねちねちした調子で言いだした。「まったくだと思いますよ。清貧なんてあるものか。金があったらねえ。」「どうした・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 茶の湯も何も要らぬ事にて、のどの渇き申候節は、すなわち台所に走り、水甕の水を柄杓もてごくごくと牛飲仕るが一ばんにて、これ利休の茶道の奥義と得心に及び申候。 というお手紙を、私はそれから数日後、黄村先生からいただいた。・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・ 調子のごくごくいい日にはいいかげんに交ぜる絵の具の色や調子がおもしろいようにうまくはまって行く。絵の具のほうですっかり合点してよろしくやってくれるのを、自分はただそこまで運んでくっつけてやっているだけのような気がする。こんな時にはかな・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・坊は牛乳のびんを、投げ出した膝の上で自分にかかえて乳首から息もつかずごくごく飲む。涙でくしゃくしゃになった目で両親の顔を等分にながめながら飲んでいる。飲んでしまうとまた思い出したように泣き出す。まだ目がさめきらぬと見える。・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・その人たちとしては一応もっともな議論ではあろうが、ただの科学者から見るとごくごく狭い自分勝手な視角から見た管見的科学論としか思われない。 科学者の科学研究欲には理屈を超越した本能的なものがあるように自分には思われる。 蜜蜂が蜜を集め・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・平仮名なれば、ごくごく低き所にて、めしやの看板を見分くる便にもなるべきことなれども、片仮名にてはほとんど民間にその用なしというも可なり。これらの便・不便を考うれば、小学の初学第一歩には、平仮名の必要なること、疑をいるべからざるなり。 ま・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・ゴーシュはそれを床の上にそっと置くと、いきなり棚からコップをとってバケツの水をごくごくのみました。 それから頭を一つふって椅子へかけるとまるで虎みたいな勢でひるの譜を弾きはじめました。譜をめくりながら弾いては考え考えては弾き一生けん命し・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
出典:青空文庫