・・・で、即座にちっぽけに見る事もできましたし、孫たちがよちよち歩きで庭に出て来るのを見るにつけ、そのおい先を考えると、ワン、ツー、スリー、拡大のガラスからのぞきさえすれば、見るまに背の高い、育ち上がったみごとな大男になってしまいました。 こ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・学校、大学、ともにともに、机を並べて勉強して来た男なのですが、何かにつけて要領よく、いまは文部省の、立派な地位にいて、ときどき博士も、その、あいつと、同窓会などで顔を合せることがございまして、そのたびごとに、あいつは、博士を無用に嘲弄するの・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・葉や此のごろ詼談師三遊亭の叟が口演せる牡丹灯籠となん呼做したる仮作譚を速記という法を用いてそのまゝに謄写しとりて草紙となしたるを見侍るに通篇俚言俗語の語のみを用いてさまで華あるものとも覚えぬものから句ごとに文ごとにうたゝ活動する趣ありて宛然・・・ 著:坪内逍遥 校訂:鈴木行三 「怪談牡丹灯籠」
・・・モンテーニュの論文をことごとく点字に写し取った中から、あらゆる思想や、警句や、特徴や、挿話を書き抜き、分類し、整理した後に、さらにこの著者が読んだだろうと思われるあらゆる書物を読んだり読んでもらったりして、その中に見出される典拠や類型を拾い・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・そこからは青い松原をすかして、二三分ごとに出てゆく電車が、美しい電燈に飾られて、間断なしに通ってゆくのが望まれた。「ここの村長は――今は替わりましたけれど、先の人がいろいろこの村のために計画して、広い道路をいたるところに作ったり、堤防を・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・この話はつくりごとでないから本名で書くが、その少年の名は林茂といった心の温かい少年で、私はいまでも尊敬している。家庭が貧しくて、学校からあがるとこんにゃく売りなどしなければならなかった私は、学校でも友達が少なかったのに、林君だけがとても仲よ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・ 鐘は昼夜を問わず、時の来るごとに撞きだされるのは言うまでもない。しかし車の響、風の音、人の声、ラヂオ、飛行機、蓄音器、さまざまの物音に遮られて、滅多にわたくしの耳には達しない。 わたくしの家は崖の上に立っている。裏窓から西北の方に・・・ 永井荷風 「鐘の声」
・・・これをもって来たり請う者あるごとにおおむねみな辞して応ぜず。今徳富君の業を誦むに及んで感歎措くことあたわず。破格の一言をなさざるを得ず。すなわちこれを書し、もってこれを還す。 明治二十年一月中旬高知 中江篤介 撰・・・ 中江兆民 「将来の日本」
・・・しかしチェルシーは以前のごとく存在している。否彼の多年住み古した家屋敷さえ今なお儼然と保存せられてある。千七百八年チェイン・ロウが出来てより以来幾多の主人を迎え幾多の主人を送ったかは知らぬがとにかく今日まで昔のままで残っている。カーライルの・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・私はこう怒鳴ると共に、今度は固めた拳骨で体ごと奴の鼻っ柱を下から上へ向って、小突き上げた。私は同時に頭をやられたが、然し今度は私の襲撃が成功した。相手は鼻血をタラタラ垂らしてそこへうずくまってしまった。 私は洗ったように汗まみれになった・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫