・・・ 頭髪も髯も胡麻白にて塵にまみれ、鼻の先のみ赤く、頬は土色せり。哀れいずくの誰ぞや、指してゆくさきはいずくぞ、行衛定めぬ旅なるかも。 げに寒き夜かな。独りごちし時、総身を心ありげに震いぬ。かくて温まりし掌もて心地よげに顔を摩りたり。・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・この時代の人は大概現世祈祷を事とする堕落僧の言を無批判に頂戴し、将門が乱を起しても護摩を焚いて祈り伏せるつもりでいた位であるし、感情の絃は蜘蛛の糸ほどに細くなっていたので、あらゆる妄信にへばりついて、そして虚礼と文飾と淫乱とに辛くも活きてい・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・あれは君、実に馬鹿々々しい話サ……好い具合に人に胡麻化されて了いました……」 高瀬は先生の高輪時代をよく知っている。あの形勝の好い位置にあった、庭も広く果樹なども植えてあった、恐らく永住の目的で先生が建てた家を知っている。あの時代に居た・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・髪のかたちも小さかった。胡麻粒ほどの桜の花弁を一ぱいに散らした縮緬の着物を着ていた。私は祖母に抱かれ、香料のさわやかな匂いに酔いながら、上空の烏の喧嘩を眺めていた。祖母は、あなや、と叫んで私を畳のうえに投げ飛ばした。ころげ落ちながら私は祖母・・・ 太宰治 「玩具」
・・・右手は岩山であって、すぐ左手には粗い胡麻石が殆ど垂直にそそり立っているのだ。そのあいだに、いま私の歩いている此の道が、六尺ほどの幅で、坦々とつづいている。 道のつきるところまで歩こう。言うすべもない混乱と疲労から、なにものも恐れぬ勇気を・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・前方の森がいやにひっそりして、漆黒に見えて、そのてっぺんから一むれの小鳥が一つまみの胡麻粒を空中に投げたように、音もなく飛び立ちました。 ああ、その時です。背後の兵舎のほうから、誰やら金槌で釘を打つ音が、幽かに、トカトントンと聞えました・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・とさか。胡麻。絞り染。蛸の脚。茶殻。蝦。蜂の巣。苺。蟻。蓮の実。蠅。うろこ。みんな、きらい。ふり仮名も、きらい。小さい仮名は、虱みたい。グミの実、桑の実、どっちもきらい。お月さまの拡大写真を見て、吐きそうになったことがあります。刺繍でも、図・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・ そうかと思うとまたある日本食堂で最近代的な青年二人と少女二人の一行が鯛茶を注文していたが、それが面前に搬ばれたときにこの四人の新人は、胡麻味噌に浸された鯛の繊肉を普通のおかずのようにして飯とは別々に食ってそうして最後に茶を別々に飲んで・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・その中に胡麻や黍や粟や竹やいろいろあったが、豆はどうであったか、もう一度よく読み直してみなければ見落したかもしれない。それはいずれにしても、ピタゴラスの豆に対する話はやはりこうした「物忌み」らしく思われるのである。「嫌う」ともちがうし、「こ・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・ 雪のうえに、仮泊ということをやっている烏の艦隊は、石ころのようです。胡麻つぶのようです。また望遠鏡でよくみると、大きなのや小さなのがあって馬鈴薯のようです。 しかしだんだん夕方になりました。 雲がやっと少し上の方にのぼりました・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
出典:青空文庫