・・・某誌が軍部御用の先頭に立っていた時分、良人や息子や兄弟を戦地に送り出したあとのさびしい夜の灯の下であの雑誌を読み、せめてそこから日本軍の勝利を信じるきっかけをみつけ出そうとしていた日本の数十万の婦人たちは、なにも軍部の侵略計画に賛成していた・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・木村ですが、なんの御用ですか。」「木村先生ですか。お呼立て申して済みません。あの応募脚本ですが、いつ頃御覧済になりましょうか。」「そうですなあ。此頃忙しくて、まだ急には見られませんよ。」「さようですか。」なんと云おうかと、暫く考・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・「なんの御用ですか」と、娘は厳重な詞附きで問うた。 ツァウォツキイは左の手でよごれた着物の胸を押さえた。小刀の痕を見附けられたくなかったのである。そしてもうこの娘を見たから、このまま帰ってもよいのだと心の中に思った。しかし問われて見・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫