・・・ お前が大阪から姿を消してしまってから二年ばかり経ったある日、御霊神社の前を歩いていると、薄汚い男がチラシをくれようとした。 どうせ文楽の広告ビラだろうくらいに思い、懐手を出すのも面倒くさく、そのまま行き過ぎようとして、ひょいと顔を・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ けれども、寺田屋には、御寮はん、笑うてはる場合やおへんどっせと口軽なおとみという女中もいた。お定は先妻の子の伊助がお人よしのぼんやりなのを倖い、寺田屋の家督は自身腹を痛めた椙に入聟とってつがせたいらしい。ところが親戚の者はさすがに反対・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ゆうべは俺もよく寝られたし、御霊さまは皆を守っていて下さるし、今朝は近頃にない気分が清々とした」 おげんは自分を笑うようにして、両手を膝の上に置きながらホッと一つ息を吐いた。おげんの話にはよく「御霊さま」が出た。これはおげんがまだ若い娘・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
我が妹の 亡き御霊の 御前に 只一人の妹に先立たれた姉の心はその両親にも勝るほど悲しいものである。 手を引いてやるものもない路を幼い身ではてしなく長い旅路についた妹の身を思えば涙は自ずと頬を下・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
出典:青空文庫