・・・震災後に開かれた一直線の広い道路と、むかしから流れている幾筋の運河とが、際限なき焦土の上に建てられた臨時の建築物と仮小屋とのごみごみした間を縦横に貫き走っている処が、即ち深川だといえば、それで事は尽きてしまうのである。 災後、新に開かれ・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・洋行中仏蘭西のフレデリック・ミストラル、白耳義のジョルヂ・エックー等の著作をよんで郷土芸術の意義ある事を教えられていたので、この筆法に倣ってわたくしはその生れたる過去の東京を再現させようと思って、人物と背景とを隅田川の両岸に配置したのである・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・こう例を挙げれば際限がないから好加減に切り上げます。実は開化の定義を下す御約束をしてしゃべっていたところがいつの間にか開化はそっち退けになってむずかしい定義論に迷い込んではなはだ恐縮です。がこのくらい注意をした上でさて開化とは何者だと纏めて・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・昔から云い伝えている孝子とか貞女とか称するものが、そっくりそのままの姿で再現できるという信念が強くて、批判的にこれらの模範を視る精神に乏しかったと云うのがおもなる原因でありましょう。一口に云えば科学と云うものがあまり開けなかったからと云って・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・私の生きた知覚は、既に十数年を経た今日でさえも、なおその恐ろしい印象を再現して、まざまざとすぐ眼の前に、はっきり見ることができるのである。 人は私の物語を冷笑して、詩人の病的な錯覚であり、愚にもつかない妄想の幻影だと言う。だが私は、たし・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・政の字の広き意味にしたがえば、人民の政事には際限あるべからず。これを放却して誰に託せんと欲するか、思わざるのはなはだしきものというべし。この人民の政を捨てて政府の政にのみ心を労し、再三の失望にも懲りずして無益の談論に日を送る者は、余輩これを・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・子供の時、春の日和に立っていて体が浮いて空中を飛ぶようで、際限しも無いあくがれが胸に充ちた事がある。また旅をするようになってから、ある時は全世界が輝き渡って薔薇の花が咲き、鐘の声が聞えて余所の光明に照されながら酔心地になっていた事がある。そ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・億百万のばけものどもは、通り過ぎ通りかかり、行きあい行き過ぎ、発生し消滅し、聨合し融合し、再現し進行し、それはそれは、実にどうも見事なもんです。ネネムもいまさらながら、つくづくと感服いたしました。 その時向うから、トッテントッテントッテ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・彼等芸術労働者は、新しいソヴェト生産拡張の現実、それにつれていちじるしい変化を生じた労働者農民の日常の生活状態、社会的感情などを芸術の内にいきいきと再現し、さらに芸術を通して民衆の階級的自覚を社会主義社会の完成に向って一歩押し進めようとする・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・それに、熱中して物を云うとき、体じゅうに押し出されて来る一種類の少いダイナミックな空気を画家だったら、どんな工合に捉えて再現するのだろう。 徳田さんのもっている色調はきついチョコレートがかった茶色であり、それに漆がかっているような艷があ・・・ 宮本百合子 「熱き茶色」
出典:青空文庫