・・・そして、蝋燭を買って、山に登り、お宮に参詣して、蝋燭に火をつけて捧げ、その燃えて短くなるのを待って、またそれを戴いて帰りました。だから、夜となく、昼となく、山の上のお宮には、蝋燭の火の絶えたことはありません。殊に、夜は美しく燈火の光が海の上・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・ 紺碧に暮れていく空の下の祭壇に、ろうそくをともして、祈りを捧げているようにも見られたのです。「よく剣ヶ峰が拝まれる。」と、じいさんは、かすかはるかに、千古の雪をいただく、鋭い牙のような山に向かって手を合わせました。 それから、・・・ 小川未明 「手風琴」
・・・因みに大阪で志賀山流の名取は尚子さん唯一人、尚子さんは放送局の文芸部へ勤められる余暇を、舞の手の記録に捧げておられる。志賀山流の伝統保存のためであることは言うまでもない。――こんな話を、私は三ちゃんに語ったのである。・・・ 織田作之助 「起ち上る大阪」
・・・は私の醒めがたい悪夢から這いださしてくださいました――私がここから釈放された時何物か意義ある筆の力をもって私ども罪に泣く同胞のために少しでも捧げたいと思っております――何卒紙背の微意を御了解くださるように念じあげます云々―― 終日床・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・かわりて大君の御為国の為勇ましく戦い、命に代えて父の罪を償いわが祖先の名を高め候わんことを返すがえすも頼み上げ候 せめて士官ならばとの今日のお手紙の文句は未練に候ぞ大将とて兵卒とて大君の為国の為に捧げ候命に二はこれなく候かかる心得にては・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・そこで全き心を捧げて恋の火中に投ずるに至るのである。かかる場合に在ては恋則ち男子の生命である」 と言って岡本を顧み、「ね、そうでしょう。どうです僕の説は穿っているでしょう」「一向に要領を得ない!」と松木が叫けんだ。「ハッハッ・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・愛し、誓い、捧げ、身を捨てるようなまともな態度でなければこの人生の重大面を乗り切れないからである。元来日本人は「水魚の交わり」とか「血を啜って結盟する」とか「二世かけてちぎる」とかいうような、深い全身全霊をかけての結合をせねばやまない激しい・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ 営門で捧げ銃をした歩哨は何か怒声をあびせかけられた。 衛兵司令は、大隊長が鞭で殴りに来やしないか、そのひどい見幕を見て、こんなことを心配した位いだった。「副官!」 彼は、部屋に這入るといきなり怒鳴った。「副官!」 ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・あの人ひとりに心を捧げ、これ迄どんな女にも心を動かしたことは無いのだ。マルタの妹のマリヤは、姉のマルタが骨組頑丈で牛のように大きく、気象も荒く、どたばた立ち働くのだけが取柄で、なんの見どころも無い百姓女でありますが、あれは違って骨も細く、皮・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・ けれども、やがて、上の姉さんが諏訪法性の御兜の如くうやうやしく家宝のモオニングを捧げ持って私たちの控室にはいって来た時には、大隅君の表現もまんざらでなかった。かれは涙を流しながら笑っていた。・・・ 太宰治 「佳日」
出典:青空文庫