・・・もし現代の科学を一通り心得た大岡越前守がこの事件を裁くとしたら、だまされたほうも譴責ぐらいは受けそうな気がする。 しかしそんな事は自分の問題ではない。ただちょっと考えてみたくなる事が一つある。 警視庁で実験をやり始め、やりつつある間・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・桜さく三味線の国は同じ専制国でありながら支那や土耳古のように金と力がない故万代不易の宏大なる建築も出来ず、荒凉たる沙漠や原野がないために、孔子、釈迦、基督などの考え出したような宗教も哲学もなく、また同じ暖い海はありながらどういう訳か希臘のよ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・彼らはまた己れが思想の伴侶たるべき机上の文房具に対しても何らの興味も愛好心もなく、卑俗の商人が売捌く非美術的の意匠を以て、更に意とする処がない。彼らは単に己れの居室を不潔乱雑にしている位ならまだしもの事である。公衆のために設けられたる料理屋・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・線路の上に立つと、見渡すかぎり、自分より高いものはないような気がして、四方の眺望は悉く眼下に横わっているが、しかし海や川が見えるでもなく、砂漠のような埋立地や空地のところどころに汚い長屋建の人家がごたごたに寄集ってはまた途絶えている光景は、・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・ 薄紅の一枚をむざとばかりに肩より投げ懸けて、白き二の腕さえ明らさまなるに、裳のみは軽く捌く珠の履をつつみて、なお余りあるを後ろざまに石階の二級に垂れて登る。登り詰めたる階の正面には大いなる花を鈍色の奥に織り込める戸帳が、人なきをかこち・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・貴重な生命を賭して海峡を泳いで見たり、沙漠を横ぎって見たりする馬鹿は、みんな意志を働かす意識の連続を得んがために他を犠牲に供するのであります。したがってこれを文芸的にあらわせばやはり文芸的にならんとは断言できません。いわんや国のためとか、道・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・この時に当りて徳川家の一類に三河武士の旧風あらんには、伏見の敗余江戸に帰るもさらに佐幕の諸藩に令して再挙を謀り、再挙三拳ついに成らざれば退て江戸城を守り、たとい一日にても家の運命を長くしてなお万一を僥倖し、いよいよ策竭るに至りて城を枕に討死・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・そこらは、籾や藁から発ったこまかな塵で、変にぼうっと黄いろになり、まるで沙漠のけむりのようだ。 そのうすくらい仕事場を、オツベルは、大きな琥珀のパイプをくわえ、吹殻を藁に落さないよう、眼を細くして気をつけながら、両手を背中に組みあわせて・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・須利耶さまは沙漠の向うから昇って来た大きな青い星を眺めながらお答えなされます。(水は夜でも流れるよ。水は夜でも昼でも、平らな所 童子の脳は急にすっかり静まって、そして今度は早く母さまの処にお帰りなりとうなりまする。と申されながら・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
イーハトヴは一つの地名である。しいて、その地点を求むるならば、それは、大小クラウスたちの耕していた、野原や、少女アリスがたどった鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠のはるかな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。じつ・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
出典:青空文庫