・・・ わたしの剣にさわれば命はないぞ。王と王子と剣を打ち合せる。するとたちまち王の剣は、杖か何か切るように、王子の剣を切ってしまう。王 どうだ?王子 剣は切られたのに違いない。が、わたしはこの通り、あなたの前でも笑っている。・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・木の葉のそよぐにも溜息をつき烏の鳴くにも涙ぐんで、さわれば泣きそうな風でいたところへ、お母さんから少しきつく叱られたから留度なく泣いたのでしょう。お母さん、私は全くそう思いますわ。お民さんは決してあなたに叱られたとて悔しがるような人ではあり・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・そればかりか、耳にさえさわれば食べるものや飲むものがすぐにどこからか出て来るというのですから、これほど便利なことはありません。 ウイリイは、馬を早めて、丘や谷をどんどん越して、しまいに大きな、涼しい森の中へはいりました。そして、馬の息を・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・かの魚彦がいたずらに『万葉』の語句を模して『万葉』の精神を失えるに比すれば、曙覧が語句を摸せずしてかえって『万葉』の精神を伝えたる伎倆は同日に語るべきにあらず。さわれ曙覧は徹頭徹尾『万葉』を擬せんと務めたるに非ず。むしろその思うままを詠みた・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ ショルツ氏についてコンチェルトを弾く位だったひとが、結婚した良人がシントーイスムでピアノにさわれずいたずらに年を経ている例がある。 自由学園の音楽教育などは、日々の常識のなかで、そういう非人間的なものを減らして行く役に立つのだろう・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
出典:青空文庫