・・・ 四三 発火演習 僕らの中学は秋になると、発火演習を行なったばかりか、東京のある聯隊の機動演習にも参加したものである。体操の教官――ある陸軍大尉はいつも僕らには厳然としていた。が、実際の機動演習になると、時々命令に間・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・その第三の範囲というのは「労働階級の立場を是認するけれども、自分としては中流階級の自分、知識階級の自分としては、労働階級の立場に立って、その運動に参加するわけにはいかない。そこで彼らは、別に自分の中流階級的立場から、自分のできるだけのことを・・・ 有島武郎 「片信」
・・・菌の領した山家である。舞台は、山伏の気が籠って、寂としている。ト、今まで、誰一人ほとんど跫音を立てなかった処へ、屋根は熱し、天井は蒸して、吹込む風もないのに、かさかさと聞こえるので、九十九折の山路へ、一人、篠、熊笹を分けて、嬰子の這出したほ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ まったく山家はのん気だ。つい目と鼻のさきには、化粧煉瓦で、露台と言うのが建っている。別館、あるいは新築と称して、湯宿一軒に西洋づくりの一部は、なくてはならないようにしている盛場でありながら。「お邪魔をしました。」「よう、おいで・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・も、その随一の旅館の娘で、二十六の年に、その頃の近国の知事の妾になりました……妾とこそ言え、情深く、優いのを、昔の国主の貴婦人、簾中のように称えられたのが名にしおう中の河内の山裾なる虎杖の里に、寂しく山家住居をしているのですから。この大雪の・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・「何もございませんけれど、」と、いや、それどころか、瓜の奈良漬。「山家ですわね。」と胡桃の砂糖煮。台十能に火を持って来たのを、ここの火鉢と、もう一つ。……段の上り口の傍に、水屋のような三畳があって、瓶掛、茶道具の類が置いてある。そこの火鉢と・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・そこが、野三昧の跡とも、山窩が甘い水を慕って出て来るともいう。人の灰やら、犬の骨やら、いずれ不気味なその部落を隔てた処に、幽にその松原が黒く乱れて梟が鳴いているお茶屋だった。――うぐい、鮠、鮴の類は格別、亭で名物にする一尺の岩魚は、娘だか、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・……それに、かような山家辺鄙で、一向お口に合いますものもございませんで。」「とんでもないこと。」「つきまして、……ただいま、女どもまでおっしゃりつけでございましたが、鶫を、貴方様、何か鍋でめしあがりたいというお言で、いかようにいたし・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ たかが山家の恋である。男女の痴話の傍杖より、今は、高き天、広き世を持つ、学士榊三吉も、むかし、一高で骨を鍛えた向陵の健児の意気は衰えず、「何をする、何をするんだ。」 草の径ももどかしい。畦ともいわず、刈田と言わず、真直に突切っ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・殊更、熊野の奥の山家に住んで居るんだから、干鯛が木になるものだか、からかさは何になるものだかも知らない筈だのに小判と云うものを知って居るのも不思議である。彼の坊さんは草の枯れた広野を分けて衣の裾を高くはしょり霜月の十八日の夜の道を宵なので月・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
出典:青空文庫