・・・行司の古典的荘重さをもった声のひびきがちゃんと鉄傘下の大空間を如実に暗示するような音色をもってきこえるのがおもしろい。観客のどよみも同じく空間を描き出す効果があるのみならず、その音の強弱緩急の波のうち方で土俵の上の活劇の進行の模様が相撲に不・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・ほんとうなら白金か何か酸化しない金属を付けておくべき接触点がニッケルぐらいでできているので、少し火花が出るとすぐに電気を通さなくなるらしい。時々そこをゴリゴリすり合わせるとうまく鳴るが、毎日忘れずにそれをやるのはやっかいである。これはいった・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・ 今度の大阪や高知県東部の災害は台風による高潮のためにその惨禍を倍加したようである。まだ充分な調査資料を手にしないから確実なことは言われないが、最もひどい損害を受けたおもな区域はおそらくやはり明治以後になってから急激に発展した新市街地で・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ そう云えば、すぐ隣りにある山下氏の絵にもやはり東洋人が顔を出している。雪景色の絵などはどこか広重の版画の或るものと共通な趣を出している。 津田君の小品ではこの東洋人がむき出しに顔を出している訳である。 坂本氏の絵がかなり目・・・ 寺田寅彦 「二科会その他」
・・・ 裸体も美しいが、ずっと遠く離れて見ると、どこかしら、少し物足りない寂しいところがあるように感ずる。何故だか分らない。人体の周囲の空間が大きいせいかもしれない。 山下氏の絵は、いつでも気持のいい絵である。この人の絵で気持の悪いという・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・安井氏のを見ると同氏帰朝後三越かどこかであった個人展の記憶が甦って来て実に愉快である。山下氏のでも梅原氏のでも、近頃のものよりどうしても両氏の昔のものの方が絵の中に温かい生き血がめぐっているような気がするのである。故関根正二氏の「信仰の悲み・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・のみならず、その環境によって生まれた自然の多様性がさらにまた二次的影響として上記の一次的効果に参加することも忘れてはならないのである。 植物界は動物界を支配する。不毛の地に最初の草の種が芽を出すと、それが昆虫を呼び、昆虫が鳥を呼び、その・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 映画の場合においてもカメラを向け動かすものは人間であるから、そこに選択の自由があり従って人為的な公式定型の参加する余地は充分にある。しかしレンズとフィルムは物質であってなんらの既成概念もなければ抽象能力もない、一見ばか正直のようであっ・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・ こんなよしなしごとを考えながら、ぶらぶらと山下のほうへおりて行くのであった。 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・浅草へ行く積りであったがせっかく根岸で味おうた清閑の情を軽業の太鼓御賽銭の音に汚すが厭になったから山下まで来ると急いで鉄道馬車に飛乗って京橋まで窮屈な目にあって、向うに坐った金縁眼鏡隣に坐った禿頭の行商と欠伸の掛け合いで帰って来たら大通りの・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
出典:青空文庫