・・・三囲稲荷の鳥居が遠くからも望まれる土手の上から斜に水際に下ると竹屋の渡しと呼ばれた渡場の桟橋が浮いていて、浅草の方へ行く人を今戸の河岸へ渡していた。渡場はここばかりでなく、枕橋の二ツ並んでいるあたりからも、花川戸の岸へ渡る船があったが、震災・・・ 永井荷風 「水のながれ」
・・・河水に浮べた舟から見ると、別荘のような広い構えの屋敷が幾軒となく並んでいて、いずれも石河岸から流れの上に桟橋を浮べている。われわれはそういう桟橋に漕いでいるボートをつないで弁当を食べたり腕のつかれを休めたりしたものであるが、或日或屋敷の桟橋・・・ 永井荷風 「向島」
・・・東京名物の一銭蒸汽の桟橋につらなって、浦安通いの大きな外輪の汽船が、時には二艘も三艘も、別の桟橋につながれていた時分の事である。 わたくしは朝寐坊むらくという噺家の弟子になって一年あまり、毎夜市中諸処の寄席に通っていた事があった。その年・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・その玩具のような可愛い汽車は、落葉樹の林や、谷間の見える山峡やを、うねうねと曲りながら走って行った。 或る日私は、軽便鉄道を途中で下車し、徒歩でU町の方へ歩いて行った。それは見晴しの好い峠の山道を、ひとりでゆっくり歩きたかったからであっ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 海抜二千尺、山峡を流るる川は、吹雪の唸りと声を合せて、泡を噛んでいた。 物の音は、それ丈けであった。 掘鑿の中は、雪の皮膚を蹴破って大地がその黒い、岩の大腸を露出していた。その上を、悼むように、吹雪の色と和して、ダイナマイトの・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ざまあ見やがれ、鼻血なんぞだらしなく垂らしやがって―― 私は、本船から、艀から、桟橋から、ここまでの間で、正直の処全く足を痛めてしまった。一週間、全一週間、そのために寝たっきり呻いていた、足の傷の上にこの体を載せて、歩いたので、患部に夥・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・「海楼に別れを惜む月夜かな」と出来た。これにしようと、きめても見た。しかし落ちつかぬ。平凡といえば平凡だ。海楼が利かぬと思えば利かぬ。家の内だから月夜に利かぬ者とすれば家の外へ持って行けば善い。「桟橋に別れを惜む月夜かな」と直した。この時は・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・「シベッチャの山峡」「下水工事場」「三河島町風景」「無題」などの中に、いくつか印象のつよい作がありました。山田清三郎が獄中からよこす歌には何とも云えぬ素直さ、鍛えられた土台の上に安々としている或るユーモアの境地があり、作品に独特なおもむきを・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・故参の大尉参謀が同僚を代表して桟橋まで来ていた。 雨がどっどと降っている。これから小倉までは汽車で一時間は掛からない。川卯という家で飯を焚かせて食う。夜が明けてから、大尉は走り廻って、切符の世話やら荷物の世話やらしてくれる。 汽車の・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・この船宿の桟橋ばかりに屋根船が五六艘着いている。それへ階上階下から人が出て乗り込む。中には友禅の赤い袖がちら附いて、「一しょに乗りたいわよ、こっちへお出よ」と友を誘うお酌の甲走った声がする。しかし客は大抵男ばかりで、女は余り交っていないらし・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫